人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

世界初の長篇記録映画

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

「世界初の長篇劇映画」の記事は先日掲載したが(D.W.グリフィス「国民の創生」米1915)、今回は「映画史上初の長篇記録映画」のお話。
短篇記録映画なら映画の発明とともにフランスのリュミエール兄弟が「汽車の到着」「工場の出口」1895などを製作している。同年の「びしょ濡れの水まき夫」(ゴムホースを踏まれてびしょ濡れになる)が最初の喜劇映画になるそうだ。ただし当時の映画は3分程度。物語映画に発展するには遠い。

映画史上初の長篇ドキュメンタリーとされる大ヒット作は「極北の怪異(極北のナヌーク)」(ロバート・フラハティ撮影・監督、米1922・サイレント・B/W・78分)で、エスキモーと生活を共にしその生活を描いたこの作品がフラハティにとっても処女作になる(現在ではイヌイットと呼び代えられることが多いが、この作品の種族はエスキモーの方が正確らしい)。

フラハティ(1884-1951)についてはキネマ旬報社アメリカ映画史~エディスンからニューシネマまで」1975に'映画の父'D.W.グリフィス同様一章を割かれて'ドキュメンタリー映画の父'と賞されている。彼はまったく映画界とは別に、機材も予算も自腹の自主制作で、カナダ北部極北のナヌーク酋長のエスキモー部落に取材に乗り込んだのだった。
ぼくが見たフラハティ作品は、他に「モアナ」1926、「タブウ」1931、「アラン」1934、「ルイジアナ物語」1948の4作があるが、どれもテーマを自然との共存においた、優しくもあれば厳しく、瑞々しい作品だった。アイルランドの孤島の村落を描いた「アラン」には萩原朔太郎も感銘を受けて、自身の詩集「氷島」1934と通底するテーマを再発見している。
フラハティの諸作はリアリズムの面でむしろ劇映画への影響力が大きい。

エスキモー一家の赤ちゃんが素っ裸なのにも驚くが、この作品のクライマックスは見た人だれもが忘れられないリアル「アザラシ狩り」だろう。実はこの作、ドキュメンタリーには違いないがどのシーンも出演者たちに生活習慣を再現してもらったものだ。アザラシ狩りしかり。
このアザラシがでかい!延々酋長とアザラシの死闘は続く。確かに当時この映像は衝撃だったろう。

ナヌーク一家は映画の評判で欧米に招かれ、見世物となって生涯を終えたという。これも映画史の陰の一面だ。