人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

眠れる森4・後編(連作38)

(連作「ファミリー・アフェア」その38)

「こういうメールが来ました」とぼくは主治医に見せた。主治医は唖然として、「女は怖い…でも良かったんじゃないかな」
「だいたい予想はついていました。夏休みはずっと家庭に向きあっていたんだから、ぼくとは手を切る気になるのが自然でしょう」
それに、メールと前後して彼女から電話があり、退院後も通院しているY病院の主治医が彼女とぼくの関係を知っていて病院中が知っているという。「あんなろくでもない男」とその女医は言ったそうだ。やれやれ、ぼくは病棟中の信望を集めた模範的な入院患者だったが。

だが実際その種を蒔いたのはぼくで、同期患者で親しかった妻帯者(奥さんは統合失調症。彼はアルコール依存症ではなく感情障害で入院した)のSくんに事情を話して緊急時の連絡を中継してもらえないか頼んだのだった。だが、まだ夏のうちにSくんは「もうみんなに黙っていられない。明日Kさん(彼も感情障害)に電話する」と電話してきた。退院後につるんでいなかったのはぼくだけで、Sくんは退院患者同士の親密すぎる交際(アルコール組は全員アル中に戻っていた)でおかしくなっていた。
長電話になった。あまりKくんたちと密接なつきあいはよくないよ、「コントロールするつもりですか!」いや、コントロールとかそういう話じゃない。「電話代までこちら持ちで話しているんですよ!」かけて来たのはきみだよ、とぼく。Sくんは激昂し、「それは佐伯さんが口止めするから!」一度も口止めしたかい?「ああっ!」とSくんは叫んで電話は切れた。

ぼくは結局彼らが騒ぎ立てるのを防ぐために親分肌のHさんと級長タイプのFさんに打ち明けて先手を打つはめになった。Hさんは「ブラボー!ビューティフル!わかった、あいつらはシメとく」、Fさんは「あり得ない!大丈夫?」とかえって事態を悪くさせる予感がする反応だった。

彼女は病院に連絡したのはぼくだと思い、その誤解がとけると再燃したのだが、次第にまたご主人への露見が怖くなって不意にメールも電話も拒否した。それから一か月かけてぼくは悪化し、S病院に入院する。
KくんとSくんもY病院に再入院した。入院前にSくんは彼女を食事に誘い、泣きながらセックスさせてほしいと言ったという。ぼくはそれを聞いて醜い、と彼女に言った。彼女もそれを認めた。