人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

精神病棟より・Mさんのこと(改稿再録)

-初めての入院が精神病棟だったから、ぼくにはどうしても拘置所と比較してしまうところがある。実際、急性症状で容態が鎮静するまで入れられる隔離室は、広さから天井の高さ、洋式便器とセンベイ蒲団しかないことまで(洗面台はないが)独居房とそっくりだ。ただし造りは隔離室の方がはるかに強固で、核シェルターのように部屋の四面がコンクリートで覆われている。

それほど頑丈な造りにする必要は、興奮状態の患者が隔離室で壁を蹴ると病棟中に響きわたることでもわかる。瓦の5枚や10枚素手で叩き割ってしまうのではないだろうか?
数日前までおっとりした50代の主婦Mさんがいつの間にか隔離室入りになり、二重のドアと厚さ30センチのコンクリート壁を一日中強打して廊下の壁掛け時計や絵が落ちる。同室のSさん(睡眠薬大量服用)や幻覚慢性化の主婦Tさんはこれが初入院で温厚な人たちだったので、Mさんの豹変ぶりには驚愕していた。実際誰もが予想しなかった。

ぼくにしても予期していたわけではない。ただ数回に渡りMさんが看護師に因縁をつけている場面に出くわすことがあり(患者は化粧ができないのに看護師は化粧をしている、といったレベルの不満)、たまたま眠れず追加眠剤をもらいに深夜のナース・ステーションに行き、ごく短い世間話をして引き上げる時にMさんとすれ違った。Mさんが、ナース・ステーションに入るやいなや例の調子で不満を並べ立て始めたのは声の様子で判った。

それから数日後だ、Mさんが隔離室入りになっていたのは。おそらく夜中にひと騒動あったのだと思う。Mさんは作業療法の時間に熱心にパソコンの勉強や、元気にヨガやストレッチしたりしていた。茶飲み話をしていても、身体的な健康も含めて、家庭の内にも外にもなにも問題のない人に見えた。徐々に壁を蹴る音が減り、ぼくが退院の日を迎えても、まだMさんは隔離室の人だった。

素人判断だが、統合失調症候群であるMさんの場合は躁と鬱では躁、強迫と被害妄想では3:7の割合で症状が現れていたと思う。看護師に対する反抗的・暴力的態度はMさんにとっては正当な抵抗で、おそらく人間関係上の(家族含む)同様の言動がエスカレートして日常生活を逸脱した。Mさん自身は当り前の日常的な行動のつもりでいる。本人の弁からだけでは判らなかったわけだ。
判らなかった。どうしてるかな、Mさん。