人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

頭の中の映画6/フェリーニ、アントニオーニ

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ミケランジェロ・アントニオーニ(1912~2009)もフェデリコ・フェリーニ(1920~1993)もルキノ・ヴィスコンティ郵便配達は二度ベルを鳴らす』1942、ロベルト・ロッセリーニ無防備都市』1945、ヴィットリオ・デ・シーカ自転車泥棒』1948らが先駆をつけたイタリアのネオ・リアリズモの末席に連なる映画作家です。アントニオーニはデビューが遅れ、フェリーニは最年少でした。

この五人の監督を並べると痛感するのは、本質的に鋭利な表現には死と退廃への誘惑が常にあり、それは不条理などという知識人的なものではなく、世界が続く限り悪は遍在するという直観です。ヴィスコンティロッセリーニ、アントニオーニには悪への直観力があり、デ・シーカとフェリーニはそれが稀薄なのではないか。つまりロッセリーニらの映画には題材がなんであれ常に邪悪なものとの葛藤があるが、デ・シーカやフェリーニが描いたのはせいぜい罪であり、号泣や改心ひとつで救済されるように見えます。名作『道』ですら主人公は嗚咽することによって救われますが、ロッセリーニの『戦火のかなた』のヒロインは無言で埠頭から身を投げ、ヴィスコンティ『ベニスに死す』の初老のストーカー老人は憧れの美少年を追い続けて悶死します。

アントニオーニの『さすらい』1957は一見オーソドックスな放浪映画に見えながら、既成の映画文法を完全に逸脱した作品でした。発端と結末はありますが、それは便宜的なもので、伏線と回収という通常のプロットが存在しないのです。作品の結末で、この映画で初めての主観ショットが登場し、なんの伏線も張られていない唐突な悲劇が描かれて作品は終ります。
これはネオ・リアリズモを踏まえてさらにその先を行くものでした。ネオ・リアリズモはドラマ性を可能な限り純化していましたがその解体までは行きませんでした。フェリーニのようにネオ・リアリズモに新たなドラマ性を持ち込んで成功した例はありましたが、アントニオーニの場合は映画が映画であること自体を否定してしまいかねない試みで、しかも見事な達成を示していました。

アントニオーニの映画に漂う死と荒廃の気配こそフェリーニがまだ描かなかったことでした。そこで、次作『甘い生活』1960はアントニオーニへの回答になったのです。