人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

魍猟綺譚・夜ノアンパンマン(60)

 不安な夢から目覚めると、めいけんチーズは自分が一個の巨大な乳頭になっているのに気づきました。普通起きると乳頭になっているなどということはほとんどありませんから、めいけんチーズもこれは悪夢の続きか、何かの冗談かと思いました。冗談だとしたら手がこんだものです。きっと顔面だけ出してポリウレタン製の着ぐるみでも着せられているのだろう、とめいけんチーズは思いました。手足はまっすぐ伸ばしたまま動かすことができず、なんとか首を倒すようにしてからだを見ることができるだけです。ですがチーズの小屋は中型犬1匹が寝られる程度ですし、普通は犬小屋には鏡は置かないので自分の姿は見られません。
 筒のような乳頭になっていても寝返りくらいは打てましたから、めいけんチーズは転がった痕跡から自分の姿を確信した時も、それまでの観察と感触でだいたい予想はついていたので、それほど慌てることはありませんでした。
 誰がやったのだろう、とめいけんチーズはいかぶりましたが、こんな手のこんだことをできるのは、実行犯はともあれ、主犯はばいきんまんジャムおじさんしか考えられません。ばいきんまんだとすれば嫌がらせでしょうし、ジャムおじさんとすれば悪い冗談です。ですがばいきんまんだとするならこんなことなどいたずらにもならず、ジャムおじさんならチーズが秘密は握っているのですから、やはり大したことではありませんでした。
 めいけんチーズは小屋から外へと、犬ならではの巧みな体重移動で転がっていくと、さらにカーブを切ってパン工場裏の井戸へとたどり着きました。リスクは非常に大きなものでしたが、チーズは転がった勢いで井戸のつるべに飛び込むと、これで駄目ならどうせ助かる見込みもなし、なぜなら乳頭になったチーズなどパン工場の人たちは食材にしか見ないのは明白です。ですがこれが乳頭の着ぐるみならば、とめいけんチーズは井戸に飛び込んだのでした。
 やっぱり、とめいけんチーズは井戸の水面にぽっかり浮かんでいました。ですがめいけんチーズは勘違いしていたのです。乳頭の姿になっていためいけんチーズは実際に乳頭そのものでした。それがめいけんチーズの必死の行動で、奇蹟がチーズをもとの姿に戻したということに過ぎなかったのです。
 その可能性に気づき、悪寒のような気味悪さを感じるとともに、めいけんチーズは悪夢から覚めました。隠喩のようだ、と思いながら。
 第六章完。