人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

Can - Out of Reach (EMI-Harvest, 1978)

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Can - Out of Reach (EMI-Harvest, 1978) Full Album : https://www.youtube.com/playlist?list=PLA8920D93EF5165E5
Recorded at Inner Space Studio, October 1977
Released; EMI-Harvest 1C 066-32 715 / Lightning Records, UK / Peters International, Inc., US, July 1978
(Side A)
1. Serpentine (instrumental) (Liebezeit/Karoli/Schmidt/Gee/Kwaku Baah) - 4:03
2. Pauper's Daughter and I (word/melody by Gee) (Gee) - 5:57
3. November (instrumental) (Liebezeit/Karoli/Schmidt/Gee/Kwaku Baah) 7:37
(Side B)
1. Seven Days Awake (instrumental) (Liebezeit/Karoli/Schmidt/Gee/Kwaku Baah) - 5:12
2. Give Me No "Roses" (word/melody by Gee) (Gee) - 5:21
3. Like INOBE GOD (word/melody by Kwaku Baah) (Liebezeit/Karoli/Schmidt/Gee/Kwaku Baah) - 5:51
4. One More Day (instrumental) (Liebezeit/Karoli/Schmidt/Gee/Kwaku Baah) - 1:37
[ Personnel ]
Rebop Kwaku Baah - Vocal, Polymoog Synth, Percussion
Michael Karoli - Guitars, Violin
Irmin Schmidt - Keyboards
Rosko Gee - Bass, Electric Piano, Vocal
Jaki Liebezeit - Drums

 多くの評者がカンのワースト1に上げるこのアルバムでは、ヴォーカル曲3曲中、ロスコー・ジー単独曲のA2, B2、リーバップが歌うB3と、ついにドイツ人創立メンバーのヴォーカル曲がなくなった。その3曲はロスコーとリーバップが在籍していたワールド・ミュージック指向の後期トラフィックの作風をそのまま継いだもので、ロスコーのベースがよく歌い、リーバップのパーカッションもにぎやかで、『Landed』1975以降の本格的に国際進出した後のカンではヤキのドラムスが明らかに抑制されていたが、前作『Saw Delight』1977でようやく再び目立つ扱いになった。それはベースのホルガー・シューカイがサウンド・エフェクトとエディット、リミックスとプロデュースに専念するためプレイヤーを辞任してロスコーとリーバップが加入したからでもあった。
 だが今回はついにホルガーはまったく関与しないアルバムになった。ヴァージン・レーベルからの国際配給も契約更新されず、英米仏などではもっと小さなインディーズからの発売になった。そんな状態ではろくにプロモートもされず、当然セールスも低迷する。カン解散後にマネジメントと元メンバーが経営するスプーン・レコーズでもこのアルバムの正式な版権を所有しながらも失敗作として長年オフィシャル・バイオグラフィ/ディスコグラフィから削除し(インディーズ発売権が残っていたことからバンド不許可のまま違法ではないCD化はされていたが)、ようやくバンド自身が他の作品同様スプーン・レコーズからリマスター版の正式再発をしたのは2014年になってからだった。それほど創設メンバーたちからも長らく嫌われていたアルバムだった。アナログ時代の再発管理も投げやりで、86年の英サンダーボルト盤などずさんな製版からか背景色がまるで違う。
 (Reissued Thunderbolt "Out of Reach" LP Liner Cover)

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 しかし録音自体は、ヴァージン・レーベルとの世界配給契約を失ったのは痛手とはいえ、ミュージシャンシップの高いメンバーたちにはどちらかというとアート指向の強いホルガーの離脱は、うるさいやつがいなくなってサッパリ、というものだったのではないかと思える。楽曲も変態プログレフュージョンのインストA1から、むしろ小難しさは振り捨てて快調に飛ばす。カンならではの屈折感、異常な音像は確かに霧消したが、演奏者の生身の肉体性だけに勝負をかけたアルバムになっている。そこで結果はどうだったかといえば、相撲に勝って勝負に負けたというか、またはその逆というか、このアルバム単体で見るなら成功した。だがカンの作品系列の中では浮いたアルバムになってしまった、という意味では失敗だった。
 タイミングというものもあって、もしヴァージン移籍第1作でこのアルバムを物していたら、カンはこのアルバムの通りにアフロ・ファンク・フュージョンのロック・バンドとして再出発できただろう。音楽的にはカンはもともとファンク・バンドだったし、ロスコーとリーバップがいればもちろん、いなければロスコーみたいなベースはホルガーには弾けなかったと思うが、従来の2トラック・レコーディングによる編集作業で虚構のライヴ感みたいなものを作り出してきたのが初期~中期のカンだった。カンがこのアルバムの作風に行きつくならば直前の『Saw Delight』はともかく、『Landed』『Flow Motion』は回り道だった。
 (Reissued Thunderbolt "Out of Reach" LP Side1 Label)

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 だが『Soon Over Babaluma』1974からひと足飛びに『Saw Delight』または『Out of Reach』とは行かなかったのも仕方ないことだし、『Landed』から発展させていくと『Saw Delight』はヴァージンに見切りをつけられてしまった見当はずれのアルバムであり、さらに『Out of Reach』に進むのはロスコーとリーバップを主役にしたカンには必然だったが、リスナーが求めていたカンの音楽からもどんどん外れて行ってしまったことになる。バンドもそれに気づいて、ホルガー抜きでこの結果になったのなら解散宣言にあたる次作『Can (Inner Space)』1979にはテープ編集だけでもホルガーに委託して解散へと向かう。ホルガーとカンの関係はむしろ良好なくらいで、ホルガーの本格的ソロ作第1作で「Persian Love」で有名な『Movies』1979はカンのメンバーが全面参加している。そして『Movies』の商業的・批評的大成功は『Out of Reach』と対照的なものだった。
 そのこともリスナーにも『Out of Reach』の失敗(少なくとも商業的・批評的に失敗した)の原因があるとしたら、一貫して録音・テープ編集監修を兼務して実質的にバンド内プロデューサーとしての働きをしてきたベーシストのホルガー・シューカイの離脱にある、との評判が広がった。まずいのは他のカンのメンバーもアルバムの失敗をホルガーの不在に転嫁してしまったことで、長らくバンド非公認アルバムにしてしまったことが輪をかけた。
 (Reissued Thunderbolt "Out of Reach" LP Side2 Label)

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 だがそれほど不評にまみれた作品ながら、たまに取り出して聴き返してみると聴きどころがないどころか、大して見劣りのするアルバムとも思えないのは、ロスコーとヤキ、リーバップのベースとドラムス、パーカッションのアンサンブルがこれほど前面に押し出されていることでひさしぶりに粗野だった頃のカンのサウンドが思い出されることで、その1点では『Landed』以降のアルバムではいちばんカンらしい、完成品のような未完成のようなラフな魅力がある。もしアルバムが未発表に終わり、その後順次発掘発売されているカンの未発表録音アルバムとして発表されたなら、これほど完成度の高いアルバムがお蔵入りだったのか、とロスコー&リーバップ時代のカンが再評価されるきっかけになったかもしれない。
 たまたまその時求められていたものとはズレた内容の作品だったために不当な評価を受けてしまい、それが定着してしまったというのはどんな分野の作品にもあり、映画ほど予算のかかる分野の場合は制作会社が倒産してしまったりする。カンもこの作品の不評から次作をもって解散を決めたのだから、制作会社の倒産とまではいかないまでもデビュー10年を良い目安にメンバーがソロ活動に移りたい時期ではあった。しかし『Out of Reach』は過小評価にすぎて、後期カンの中ではあまりに見過ごされすぎている。トロピカルな3曲のヴォーカル曲、アフロ・ファンクなフュージョン・インスト曲などこのアルバムならではの良さがある。