人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

Can - Can (Inner Space) (EMI-Harvest/Laser/Free Bird, 1979)

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Can - Can (Inner Space) (EMI-Harvest/Laser/Free Bird, 1979) Full Album
Recorded at Inner Space Studio, February 1978
Released; EMI-Harvest 1C 066-45 099 / Laser LASL2 / Free Bird FLY7, July 1979
(Side one)
1. All Gates Open (Karoli/Schmidt/Liebezeit/Gee/Reebop) : https://youtu.be/x5Es5W-f_2E - 8:23
2. Safe (Karoli/Schmidt/Liebezeit/Gee/Reebop) : https://youtu.be/lGRgv8hBicY - 8:37
3. Sunday Jam (Karoli/Schmidt/Liebezeit/Gee) : https://youtu.be/ayelO59WGh4 - 4:35
(Side two)
1. Sodom (Karoli/Schmidt/Liebezeit) : https://youtu.be/ph0xDPBptho - 5:45
2. A Spectacle (Karoli/Schmidt/Liebezeit/Gee/Czukay) : https://youtu.be/P1KiMoNG_84 - 5:53
3. E.F.S. Nr. 99 ("Can Can") (Offenbach, arranged by Karoli/Schmidt/Liebezeit) - 3:12 / 4. Ping-Pong (trad. arranged by Karoli/Schmidt) - 0:23 / 5. Can Be (Karoli/Schmidt/Liebezeit) : https://youtu.be/W6rEk6ZDCPc - 2:54
[ Personnel ]
Michael Karoli - guitar, vocals
Jaki Liebezeit - drums
Irmin Schmidt - keyboards
Rosko Gee - bass
Rebop Kwaku Baah - percussion
*
Holger Czukay - editing

 冒頭の「All Gates Open」が始まっただけでいきなり室内の湿度が下がる。カンのアルバムでは『Soon Over Babaluma』1974を最後になくなっていたマジックが5年ぶりに戻って来たのだ。『Landed』から『Out of Reach』までの試行錯誤が別のバンドだったかのように、自信にあふれた、豊かなサウンドが響く。『Out of Reach』では抜けていたホルガー・シューカイがテープ編集監修に戻って来たとはいえ『Saw Delight』までだってそうだった。『Saw Delight』と『Out of Reach』とは今回も同じ演奏メンバーで、さらに今回はメンバーとしてテープ編集の監修をしているのでもなければ、エフェクトを担当してもおらず、共作クレジットに名前を連ねてもいない。
 本格的な国際進出をドイツ国外ではイギリスのヴァージン・レーベルに配給契約を移してそこそこヒットも出した後も、『Landed』1975、『Flow Motion』1976、『Saw Delight』1977の3作でカンはヴァージンには切られてしまった。ゴングやロバート・ワイアット、ハットフィールド&ザ・ノースのメンバーらの証言では、会社が見込んだセールスを上げなかったアーティストへはヴァージンは容赦ない、セールス至上主義のレーベルだったらしい。幸いドイツ本国ではヴァージンの親会社のEMIと直線契約していたために、カンはヴァージン三部作で終わらずに済んだ。ただし『Out of Reach』1978と『Can』1979の2作はEMI関連の、ヴァージンとは知名度・宣伝力とも比較にならないインディーズからの発売になった。シューカイのベーシスト降任を基準とすれば『Saw Delight』『Out of Reach』『Can』を後期カンの三部作と見ることもできる。
     (Original EMI-Harvest "Can" LP Liner Cover)

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 このアルバムは解散声明を兼ねた作品であるため単純にバンド名をそのままアルバム・タイトルにしたため、デビュー以前からバンドが所持してきた専用スタジオ「Inner Space」から取って『Can(Inner Space)』と呼ばれるようになった。「Legendary Can」と呼ばれることもあるが、前者ほどの頻度ではない。カンはイルミン、シューカイ、ヤキの創設メンバーのうち3人(ミヒャエルは学生だった)が創設(1968年)当時30歳、すでにプロのミュージシャンだったので、音楽ビジネスには精通しておりコネクションやパトロンもあるという当時のロック・ビジネスでは世界的にも珍しい自主運営バンドで、版権管理をバンドが行っていたため再評価の際にも素早く対応できた。バンド名を冠したアルバムだけに、カンのメンバーも、テープ編集監修にとどまったホルガーも最終作に相応しい作品にすべく全力を尽くしただろう。『Landed』以来、『Soon Over Babaluma』までのカンに唯一するアルバムになっている。
 ミキサー卓に本来の中心メンバーが座るだけでこうも違うのか、音楽的にロスコーとリーバップが加入した前2作とは演奏内容は変わりがないし、ファンクを基本とした音楽性はデビュー作以来変わらない。前2作ではロスコーかリーバップが歌っていたが今回は再びミヒャエルがヴォーカルで、ダモ鈴木脱退後のミヒャエルのへなへなヴォーカルのままなのだが、今回ははまっているのだ。ミヒャエルのギターもカンの弱点と言われてきたが、ディストーションをかけたサスティンだけで雰囲気づくりをしているギターが今回は良い。『Landed』以降ずっと欠点ばかりが目につく一方だったバンドが、同じことをやっているのに見事に蘇生している。カンはバンドとしての解散後もメンバー同士の交流は良好に続いた大人のバンドだったが、本作を聴くと解散アルバムにありがちな投げやりな関係になかったことがわかる。
??  (Original EMI-Harvest "Can" LP Side1 Label)

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 とはいえ創設メンバー中、フリージャズ出身のヤキはともかく実験音楽出身のホルガーと現代音楽出身のイルミンは周期的に対立する仲だったらしく、2000年に来日予定だったカン・プロジェクト(ミヒャエルの急病で中止。2001年逝去)もイルミン、ヤキとミヒャエルのトリオだった。カンのマネジメントの設立したスプーン・レーベルはイルミン夫人ヒルダが主宰しており、カンの全アルバムとイルミンの全アルバム・新作を発売しているが、ヤキとミヒャエルの80年代のソロ作品もスプーンから再発されているものの、ホルガーは過去の初期ソロ作品のスプーン盤から版権を引き上げている。音楽的対立から『Out of Reach』から外れたにせよ、創設メンバーとしてカンの発展的解散のためには手を組もうと歩み寄ったのだろう。ホルガーにはその動機もあった。
 ホルガーはイルミンを含めたカンのメンバー全員(ベースのロスコーは余剰人員なので除く)の参加を得たイナー・スペース・スタジオ録音のソロ作品『Movies(ペルシアン・ラヴ)』1979でソロ・アーティストとして世界的認知を得る大成功をおさめた。イギリスのNME誌の80年度年間ベスト・アルバム5位、85年のサウンズ誌ではオールタイム・ベスト100アルバム95位、2005年のアメリカ刊ロバート・ダイムリー著『1001 Albums You Must Hear Before You Die(死ぬまでに聴くべき1001のアルバム)』に選出、日本でもイギリスでのヒットを受けて「Persian Love」がテレビCMに使われヒット、と同時制作の『Can(Inner Space)』を軽くしのいだヒットを飛ばしてしまった。案外『Movies』と『Can(Inner Space)』は交換参加だったのかもしれないが、過去の作品の共有管理はともかく今後のコラボレーションの意義はなくなった(それでも日本の徳間ジャパン/PASSレーベルの追従で女性ヴォーカリストPhewのアルバムにホルガーとヤキが全面参加している他、ホルガーとヤキの共演はある)。
 ????   (Original Laser "Can" LP Side1 Label)

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 ホルガーの『Movies』が画期的アルバムだったにせよ、カンが再び『Can(Inner Space)』ほどのアルバムを作れるとわかってバンドの継続案が出なかったのは残念だが、1979年当時の音楽界の新旧交替は凄まじかった。メジャー・アーティストではレッド・ツェッペリン『In Through the Outdoor』、フリートウッド・マック『Tusk』、イーグルス『ロング・ラン』が発表され、前年11月末日発表のピンク・フロイド『The Wall』が年越しの特大ヒットとなり、しかも1979年はマイケル・ジャクソンの『Off the Wall』の年でもある。ソロ・アーティストとしてのホルガーはマイケル同様キャリアあるグループから独立した新人として注目を集めたが、カンはデビュー10年で、70年代末にはデビュー10年というのは出自の古いミュージシャンとして微妙に半端だった。古いものと最新のものを時代ではなくジャンル固有の感覚でとらえる風潮は80年代半ばに芽生え、後半にようやく定着することになる。
 カンが86年にマルコム・ムーニーをヴォーカルに呼び戻し、再びホルガーがベースとプロデュースを担当してデビュー作と同じメンバーで制作した1度きりの再結成アルバム『Rite Time』はその風潮を予期したもので、発表は満を持して1989年に持ち越し、その頃にはカンの全アルバムのCD化が実現して再評価に応えるかたちの新作になった。それも現役最終作『Can(Inner Space)』がロスコーとリーバップ参加のカンの見事な完結編だったからこそといえて、メドレーで展開されるカン版運動会ナンバーB3~B5(オッフェンバッハ「天国と地獄」のロック・カヴァー)で脳天気にカンの歴史は幕を閉じたのだった。