人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

魍猟綺譚・夜ノジャムオジサン(68)

 つねづねジャムおじさんは新しい刺激を求めてきましたが、それには相手を変えるのがいちばん手っ取り早いとわかっていながら面倒くさがりの性分なのとせっかちなのとで、もっとも身近なバタコさんを相手にことを済ますのがほとんどでした。バタコや、お前も女の子なんだから女友だちくらいパン工場に呼んでいいんだよ、おいしい菓子パンをふるまうからね、と食い気につられてパン工場にやってきた女の子たちはことごとくジャムおじさんのえじきになりました。催淫剤くらいならともかく、気に入った女の子にはジャムおじさんは特に効果が切れると禁断症状をきたす危険なスパイスすら調合したパンすら与えるほどでした。
 バタコや、とジャムおじさんの呼ぶ声にぶどうの実の種とりをしていたバタコさんがジャムおじさんの部屋に行くと、最近毎日、ともすれば朝晩のようにパン工場に立ち寄る友だちのズベコさんが意識を失って半裸で椅子に座らせられていました。口を開き、半眼になった目は飛び出しそうで、顔から首まで真っ赤に紅潮していました。どうしちゃったんだろうねえ、とジャムおじさん。ひょっとして、とバタコさんはテーブルの上のパンに目をとめると、少しちぎって味をみると吐き出し、これを食べさせたんですか?この子が欲しがるんだよ、とジャムおじさん、このパンを食べると元気が出るってね、それで今日はいつもよりも、もっと元気が出るパンを食べたいと言うのでね……。
 ジャムおじさんバイアグラの常用者でした。しかしバタコさんが味見したパンは、バイアグラどころではない効果をもたらす成分が高い純度かつ高濃度で含まれており、少し確かめてみただけでもバタコさんの舌を痺れさせるほどでした。とにかく横にして、それから胃を洗浄しなければ、とバタコさんは思いましたが、さすがのバタコさんも食事が不自由な人に食べさせてあげることは得意でも、吐かせるのは得意ではありません。
 血圧計で測ってみると、上は300を越えていました。お医者さんを呼ぶ?駄目、未必の故意とはいえジャムおじさんの不名誉になる。内々でどうにかしなくては、とバタコさんはアンパンマンたちを呼ぼうとしましたが、その時ヒッ!と大声を上げると、ズベコさんは椅子から転げ落ちたのです。
 バタコさんは友だちに駆け寄りました。どうだね?とジャムおじさん。亡くなりました、と言いながら、バタコさんは自分ではなくてホッとしました。