人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

トラフィック・サウンド Traffic Sound - Virgin (MaG, 1969)

イメージ 1

トラフィックサウンド Traffic Sound - Virgin (MaG, 1969) Full Album : https://youtu.be/VTXcEWMi0B8
(Same Above) : https://youtu.be/rPMFlgOkmbs
Originally Released by MaG Records Peru, MaG-LPN 2382, 1969
Todas las canciones escritas y arregladas por Traffic Sound, Letras de Manuel Sanguinetti
(All Music and Arrenged by Traffic Sound, Lyrics by Manuel Sanguinetti)
(Side A; Tomorrow) - 16:20
A1. Virgin - 2:58
A2. Tell The World I'm Alive - 4:17
A3. Yellow Sea Days - 9:09
    -A3a. March 7th - 3:27
-A3b. March 8th - 2:10
-A3c. March 9th - 3:28
(Side B; Today) - 16:25
B1. Jews Caboose - 4:34
B2. A Place In Time Call "You And Me" - 0:35
B3. Simple - 3:26
B4. Meshkalina - 5:34
B5. Last Song - 2:17
[ Traffic Sound ]
Manuel Sanguinetti - 1゚Voz, Voces, Percusion (lead vocal, vocals, percussion)
Willy Barclay - 1゚Guitarra, Guitarra Acustica, Coros(1゚Voz en Simple) (lead guitar, acoustic guitar, backing vocals, lead vocal on "Simple")
Freddy Rizo Patron - Guitarra Ritmica, Guitarra Acustica, Bajo (rhythm guitar, acoustic guitar, bass)
Willy Thorne - Bajo, Organo , Piano, Guitarra, Coros (bass, organ, piano, guitar, backing vocals)
Luis Nevares - Bateria, Vibrafono, Percusion, Coros (drums, vibraphone, percussion, backing vocals)
Jean-Pierre Magnet - Saxo, Clarinete, Flauta, Tumbadora, Coros (saxophone, clarinet, flute, tambourine, backing vocals)

このアルバムは素晴らしい!2通りのやや音質の異なるリンクを引いたのでお好みの方をお聴きいただきたい。こんな逸品がマニア以外にはほとんど知られず残っているとはロックの世界もあなどれない。このバンドやこのアルバムは印刷媒体で紹介されているのを見たことがなく、調べてみると実際国際的な紹介も1992年の本国でのCD再発、1997年のアメリカでのベスト盤発売と2002年の単独盤発売、2005年のイギリス盤発売、2007年のイタリア盤発売とようやく近年進んできたばかりで、まだあまり知られていないようだが、内容は思わず快哉を叫びたくなる素晴らしさなのだ。さすがにコアな研究サイトには取り上げられているがウィキペディアには英語版とスペイン語版でしか載っていない。60年代末デビューのペルーのバンドとしか情報がないと、ジャケットともども大した期待は持ちようがない。全曲メンバーのオリジナル曲ということは裏目に出ればろくな曲が入っていない可能性もある。ペルーはスペイン語圏で、500年前までは紀元前までさかのぼって20世紀以上もの間世界最高の文化を誇ったインカ帝国の中心地だったが、インカ帝国な文明は(言語はあっただろうが)無文字文化だったのでスペイン帝国に侵略されたらインカ文明の記録も謎に包まれてしまった。そういう特異な歴史を持つ国のロック・バンドがどういう音楽をやっていたのか。
A1は12弦アコースティック・ギターによる6/8拍子の爽やかなアルペジオを導入部に、一斉にバンド・サウンドに移るとパーカッションを前面に緩やかな4/4拍子で快適なコード・ワークのギターが鳴り響き、いきなり痺れる。もう勝負あったという感じがする。ヴォーカルは英語で、リズム・ブレイク部にはトレモロのかかったピアノのアルペジオがあの世から響いてくる。録音バランスがストレンジでパーカッションや管楽器が不思議な音で絡んでくる。これはラテン系の英米バンドやヨーロッパ大陸のバンドからは出てこない独創的なラテン・ロックで、英米ロックから学んだ手法も当然応用されたサイケデリック・ロックだが、ペルーのバンドならではの感性が自然にプログレッシヴなサイケデリック・ロックに結実したものだろう。スケールは大きくないが、珠玉のような佳作、いっそ名作と喧伝しても誇大評価ではあるまい。全8曲捨て曲なし。サンタナのようなラテン系アメリカン・ロックとは決定的に違うのは、南米人らしいソフト・ロック志向とラテン・リズムを違和感なく同居させた音楽性にある。つまりハード・ロック的な志向性はトラフィックサウンドにはなく、それがバンドを小粒にもしているが、英米ロックと袂を分かつ魅力にもなっている。前回は第1作『A Bailar Go Go』がいかに大したことのないアルバムか暴露してしまったが、あれはまだこのバンドの本領発揮の作品ではなかった。今作は無条件に諸手を上げて推薦したい。ただし柄の大きなバンドではないから、けっして派手な音楽ではない。
(Original MaG "Virgin" LP Liner Cover with Lyrics)

イメージ 2

 1967年に結成、翌1968年デビューしたペルーのロック・バンド、トラフィックサウンドは1972年の解散までに4枚のアルバムを残した。シングル6枚・12曲のうちアルバム未収録曲が6曲ある。アルバムはいずれも1990年代半ばまではペルー国内盤のみで、
1. A Bailar Go Go (MaG, 1968)
2. Virgin (MaG, 1969)
3. Traffic Sound (a.k.a. III) (a.k.a. Tibet's Suzettes) (MaG, 1970)
4. Lux (Sono Radio, 1971)
があり、1990年代末からようやくアメリカ、イギリス、イタリアのサイケデリック・ロック復刻レーベルから国際的に紹介されることになった。日本にも南欧のスペイン、ポルトガルのロックとともにラテン・アメリカ諸国のロックでは大国であるブラジル、アルゼンチン、メキシコのバンドが多少は入ってきていたが、ペルーのロック、しかも60年代末~70年代初頭という時代となるとアルバムの実物を聴く機会もあまりない。だが1980年代末までには60年代末~70年代初頭のガレージ・パンク~サイケデリック・ロックプログレッシヴ・ロックには熱心なリスナーによる調査と情報交換が進んでおり、たとえば日本のGS~ニューロックの流れは日本人が思っていたほど偏向した歪曲ではなく、英米の衛星国圏ではむしろ典型的な受容パターンだったことがわかった。トラフィックサウンドの最初のアルバム『A Bailar Go Go』は最初の3枚のシングルの全6曲からなり、全曲英米ロックのカヴァーで、地球の裏側でも日本のGSがやっていたようなアルバムで、しかも日本人GSより見劣りしていた。それは前回書いた通りになる。
ところが翌1969年のアルバム『Virgin』は全曲メンバー全員合作によるオリジナル曲で、これが同じバンドかと見違えるような独創的な秀作になっている。サンタナのデビュー・アルバムは1969年8月発売だが、サンタナに先立つラテン・リズムのロック曲はザ・ドアーズやスピリットなどロサンゼルスのバンドが、メキシコ音楽からの影響から作り上げていた。ニューヨークではキューバ経由でアフロ・リズムの導入が1940年代末のビ・バップのジャズマンによって行われ、60年代にはフォー・シーズンズヤング・ラスカルズ、レフト・バンクらイタリア系移民の白人バンドがソウル・ミュージックとラテン・リズムを取り入れたモダンなスタイルのロックを成功させていた。トラフィックサウンドの『Virgin』はサンタナとの影響関係は時期的に考えられないが、ラスカルズのカヴァーは『A Bailar Go Go』にあり、同作でアイアン・バタフライをカヴァーしているのと同様ドアーズやスピリット、ヴァニラ・ファッジからの感化が強いとされている。
(Original MaG "Virgin" LP Gatefold Inner Cover)

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

 実際『Virgin』のB1「Jews Caboose」はドアーズの「Soul Kitchen」を連想させるリフから作られている。このアルバムは大別すればアコースティック・ギターとピアノにフルートが舞うドリーミーなサイケ系ソフト・ロックと、エレキギターとオルガンが奏でるリフにサックスやクラリネットがダーティに絡むダンサブルなヘヴィ・サイケ(このバンドとしては)曲に分かれているのだが、A1「Virgin」はその中間的作風として、A2「Tell The World I'm Alive」、B3「Simple」、アルバム最後のインスト曲B5「Last Song」はドリーミーなソフト・サイケ・ロックだろう。A3の「Yellow Sea Days」は9分09秒の大作だが、三部構成になっており、フローティングなソフト・サイケのA3a「March 7th」からヘヴィ・サイケのA3b「March 8th」に展開し、再び曲調が「March 7th」に戻ってサイケデリックなコーラスが飛び交うA3c「March 9th」になる。この「Yellow Sea Days」はフランスのゴングを先取りしたようなスペース・サイケ/プログレッシヴ・ロックという先駆的な楽曲で、後年のゴングに較べればプリミティヴだが見事に成功している。ホークウィンドやキャタピラらブリティッシュアンダーグラウンドのバンドらと較べても早い。
このアルバムはA面がTomorrow、B面がTodayとされているのも意欲的なコンセプトを感じさせるが、B1「Jews Caboose」とB4「Meshkalina」が強力なラテン・ロック。35秒しかないヴォーカル・コラージュB2「A Place In Time Call "You And Me"」はハードなB1とソフトなB3「Simple」の橋渡しのためのギミックだろう。B5「Last Song」はアルバムのトータル感のため入れたアコースティック・インストで悪くはないが、A面B面合わせて32分の短い収録時間ではアコギ1本のインスト曲は時間がもったいないような気がする。B1「Jews Caboose」とB4「Meshkalina」はサンタナの「Jingo」や「Evil Ways」を思わせるこのバンドとしてはハードな曲で、ラテン音楽というと熱いタイプの音楽を連想しがちだが、アジア音楽同様庶民的な音楽はむしろソフトなものが好まれる。欧米型のポップスやロックは南米やアジアでは刺激が強すぎると感じられる。トラフィックサウンドの音楽はソフト・ロックのリラクゼーション曲ととラテン・リズムのダンサブルな曲が半々だが、日本のサイケデリック・ロック愛好家はガレージ系のサウンドを好む人が多く、また英米以外のグローバル・ロック愛好家はプログレッシヴ・ロック愛好家であることが多いので、トラフィックサウンドはサイケ愛好家にはガレージ度が低く、プログレ愛好家にはサイケ色が強すぎる。そういう不利な面がある。
(Original MaG "Virgin" LP Lado A Label)

イメージ 7

 英語版ウィキペディアでは先のリスト通りの4枚のアルバムを、それぞれファースト・アルバムからフォース・アルバム(かつラスト・アルバム)としているのだが、スペイン語ウィキペディアでは『A Bailar Go Go』は後年の、
Traffic Sound 68-69 (Background, 1993)
Greatest Hits (Discos Hispanos, 1998)
Yellow Sea Years: Peruvian Psych-Rock-Soul 1968-71 (Vampi Soul, 2005)
と同様に編集盤扱いされている。確かに『A Bailar Go Go』は1968年発売の3枚のシングルAB面全6曲をまとめただけの、収録時間22分そこそこのミニアルバムで、全曲が英米ロックのカヴァーだった。スペイン語ウィキペディアでは『Virgin』をバンドのファースト・アルバムとして、初期シングル集『A Bailar Go Go』はバンドの前史とし、『Traffic Sound』をセカンド、『Lux』をサード&ラスト・アルバムとしている。実際『Virgin』からはトラフィックサウンドのレコード発売はアルバム優先になる。シングル6枚のうち「Sky Pilot c/w Fire (MaG, 1968)、「You Got Me Floating c/w Sueno (MaG, 1968)、「I’ m so Glad c/w Destruction」(MaG, 1968)はそのまま『A Bailar Go Go』全曲になっている。以降のシングル3枚「La Camita c/w You Got to Be Sure」 (MaG, 1971-Sono Radio, 1971)、「El Clan Braniff c/w Braniff style - Usa version」(Sono Radio, 1971)、「Suavecito c/w Solos」 (Sono Radio, 1972)はAB面ともすべてアルバム未収録曲で、アルバム『Virgin』『Traffic Sound』『Lux』からは1曲もシングル・カットはされていない。
シングル・スリーヴ、いわゆるペラジャケが標準だった当時、『Virgin』はペラジャケ盤とWジャケット盤(見開きジャケット、ゲイトフォールド・スリーヴ)の両方の仕様で発売された。裏ジャケットに歌詞が掲載されているのもまだ世界的にロックでは珍しいことだった。物価指数からすると当時のLPレコードの価格は今日の20倍になる(約4万円相当)らしいが、原価率のうちジャケットの占める割合が大きかった当時、『Virgin』の豪華版ジャケットはインパクトの強い、思い切ったものだったに違いない。日本に置き換えると、前代未聞の豪華ジャケットで発売されたフォーク・クルセダーズの『紀元貮阡年』や、質素なシングル・ジャケットながらリーダー早川義夫の長文セルフ・ライナーノーツを掲載して異彩を放った『ジャックスの世界』を思い起こさせる。フォークルとジャックスはGS全盛期の2大異端グループで、次世代のロックを予期したバンドだった。ペルー全体のシーンはわからないが、『Virgin』は画期的な新世代ロック宣言の意気込みが課せられていたアルバムだったろう。
(Original MaG "Virgin" LP Lado B Label)

イメージ 8

 シングル・カットはされていないが、『Virgin』収録曲でペルー・ロック史の記念碑的名曲と名高いのはB4「Meshkalina」だった。これはインカ帝国からペルーが継承した文化を考察した歌詞で、アルバム中でももっとも攻撃的なサウンドで歌われる。バンドの半面を占めるソフト・ロック的な方向性とは逆方向を向いた曲で、『Traffic Sound』や『Lux』でも「Meshkalina」系の方向性は追求されることになる。

" Meshkalina "  Letras de Manuel Sanguinetti

Yahuar Huaca wondered why he was high once
Raped the witch and killed the wild Ayarmaca
Let me down meshkalina
Let me down meshkalina
Full of bull he was, oh God let me tell you
Spread the weed one day, all over his empire
Let me down meshkalina
Let me down meshkalina
F*** stayed for fifteen days in his lab once
He said, "Man it's here, let's try my new substance"
Give me some meshkalina
Give me some meshkalina
We went driving hard and wild across the country
We were having fun, even though we were dying
Let me die meshkalina
Let me die meshkalina
Now I know it's time for you to start learning
About the games we play everyday, every morning

次作『Traffic Sound』、ラスト・アルバム『Lux』までトラフィックサウンドは挑戦的な音楽を作り続けた。それらも次回以降で、順次ご紹介していきたい。