人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

トラフィック・サウンド Traffic Sound - バイラー・ア・ゴーゴー A Bailar A Go Go (Mag, 1969)

トラフィックサウンド - バイラー・ア・ゴーゴー (Mag, 1969)

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トラフィックサウンド Traffic Sound - バイラー・ア・ゴーゴー A Bailar A Go Go (Mag, 1969) Full Album : https://youtu.be/mAUGVT7zbRA
Originally Released by MAG Records Peru, Mag-2354, 1969
Reissued CD Released by Lion Productions, US, Repsychled-CD 1019, 2015
Lado A (Side A)
A1. I'm So Glad (Skip James) - 3:15
A2. You Got Me Floating (Jimi Hendrix) - 4:12
A3. Sueno (Eddie Brigati, Felix Cavaliere) - 3:16
Lado B (Side B)
B1. Destruction (Darryl DeLoach, Danny Weis) - 2:44
B2. Sky Pilot (Eric Burdon, Vic Briggs, John Weider, Barry Jenkins, & Danny McCulloch) - 5:39
B3. Fire (Jimi Hendrix) - 3:11
(Reissued Repsychled-CD Bonus Tracks)
7. Sueno [Remix]
8. I'm So Glad [Remix]
9. Fire [Remix]
10. Destruction [Instrumental]
11. You Got Me Floating [Remix Edit]
12. Sueno [Acoustic Remix]
13. Sky Pilot [Remix Edit]
[ Credits ]
Formed in 1967, Lima, Municipalidad Metropolitana de Lima, Peru

[ Traffic Sound ]

Manuel Sanguinetti - Vocals, Pandereta (vocals, tambourine)
Willy Barclay - Primera Guitarra, Guitarra Acustica, Coros (lead guitar, acoustic guitar, backing vocals)
Freddy Rizo Patron -Bajo, Guitarra Ritmica, Guitarra Acustica (bass, rhythm guitar, acoustic guitar)
Miguel Angel Ruiz - Bajo (bass)
Luis Nevares - Bateria (drums)
Jean-Pierre Magnet - Saxo, Flauta, Vibrafono, Coros (saxophone, flute, vibraphone, backing vocals)
Willy Thorne - Organo , Bajo, Coros (keyboards, bass, backing vocals)

(Original MAG "A Bailar A Go Go" LP Liner Cover & Lado A Label)

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 日本のGSも英米以外の非英語圏ではいかに国際水準にあったかを示す証拠物件。トラフィックサウンドは1968年当時ペルーで最先端のサイケデリック・ロックをやっていたバンドです。このデビュー・アルバムは1968年に相次いで発売された先行シングル「I'm So Glad c/b Destruction」「Sky Pilot c/b Fire」「You Got Me Floating c/b Sueno」の全6曲をそのまま収録したものがオリジナルで、33 1/3prmの12インチLPにもかかわらずA面・B面合わせて22分の収録時間しかありません。10インチLP相当の収録曲しか入っていないので、どうやらこのデビュー・アルバムの時点では他に持ち曲がなかったようです。曲はすべて当時最新の英米ロックをそのまま英語カヴァーしたものになります。単刀直入に言ってペルーGSでございます。

 シングル単位で原曲の出典を見ると、「I'm So Glad c/b Destruction」はクリームのデビュー作『Fresh Cream』1966.12からのA面とアイアン・バタフライ(「Destruction」の原題は「You Can't Win」、デビュー・アルバム『Heavy』1968.1収録)、「Sky Pilot c/b Fire」はエリック・バードン&ジ・アニマルズ『The Twain Shall Meet』1968.4収録の先行シングル(全米14位)とジミ・ヘンドリックスのデビュー・アルバム『Are You Experienced?』1967.5より、「You Got Me Floating c/b Sueno」はジミ・ヘンドリックス(同前)とラスカルズ(アルバム『Groovin'』1967.7収録)といった具合で、日本のジャガーズゴールデン・カップス、ダイナマイツ、モップス、ビーバーズら洋楽への傾倒が強いサイケデリック・ロック寄りの後期GSと選曲センスはそのままと言えます。シングル・ヒットした有名曲もアニマルズのB2しか採り上げていません(ラスカルズのA3はNo.1ヒット「Groovin'」B面、アイアン・バタフライのデビュー作はともかくクリームとジミはアルバム自体が大ヒット作ですが)。

 では本作と硬派GSを代表する『ザ・ゴールデン・カップス・アルバム』1968.3やモップスの『サイケデリックサウンド・イン・ジャパン』1968.4、ダイナマイツ『ヤングサウンドR&Bはこれだ』1968.4、ザ・ビーバーズ『ビバ・ビーバーズ』1968.6と較べてどうかというと、本作の時点では日本GS偉い、ペルーのトラフィックサウンドしょぼい、と言わざるを得ません。ペルーだって日本と英米ロックとの距離感は大差なかっただろうと思いまが、トラフィックサウンドは日本のGSに較べても音が軽いのです。軽い分ダンサブルな質感はあり、試しに踊ってみると一応踊れるロックにはなっているのに感心します。しかし言ってみれば本作はそれしか取り柄がないサウンドにとどまります。ペルーのロックはインカ・ロックと呼ばれており、たしかにペルーはかつてのインカ帝国の中心地で紀元前~スペインに征服される16世紀までは2000年以上に渡って世界最大の文明国だった地域ですが、本作の時点では名前負けもはなはだしい印象を受けます。

 踊れるGSならジャガーズとカーナビーツの各『ファースト・アルバム』が1968.2、ザ・ハプニングス・フォー『マジカル・ハプニングス・トゥアー』1968.7屈指のアルバムですが、トラフィックサウンドの本作と較べれば内容的にも発売時期でも明らかにジャガーズとカーナビーツ、ハプ4の圧勝でしょう。セカンド以降はメンバー自作オリジナルで固めるザ・テンプターズも『ファースト・アルバム』1968.6はオリジナルとカヴァー半々で、トラフィックサウンドのように軽快ではありませんが、アイドルGS的に売り出されたにもかかわらず内向性の強い、もっと当時最先端の英米ロックと精神的に共鳴した作風を持っていました。

 アルバムに即して本作の選曲を、もう少し詳しく見ていきましょう。
A1. I'm So Glad (Skip James) - 3:15
A2. You Got Me Floating (Jimi Hendrix) - 4:12
A3. Sueno (Eddie Brigati, Felix Cavaliere) - 3:16
 まずA面の3曲ですが、レーベル面を見ると3曲とも作曲者名が「D.R.」、著作権登録が「Go Go」となっています。D.R.はPublic Domain(著作権公開=消滅、または作者不詳)、著作権登録がGo Goなのは、要するにペルーではトラフィックサウンドがGo Go名義の社名でこれらの著作権を登録してしまったことを示します。つまり当時ペルーは英語圏を含む国際著作権条約に加入していなかったのです。クリームのA1は1927年に初録音され、1931年のスキップ・ジェイムズのヴァージョンが知られた戦前の伝承的ブルースだからまだしもですが、ジミのA2、ラスカルズのA3の勝手な著作権登録はまずいでしょう。A1とA2は世界中のガレージ・サイケ・バンドの定番曲ですが、ラスカルズの「Sueno」は異色です。シングルB面にもなった悪くない曲とはいえラスカルズでも地味な曲ですし、タイトル(原題通り)がスペイン語だから取り上げたのかもしれません。次にB面に行くと、
B1. Destruction (Darryl DeLoach, Danny Weis) - 2:44
B2. Sky Pilot (Eric Burdon, Vic Briggs, John Weider, Barry Jenkins, & Danny McCulloch) - 5:39
B3. Fire (Jimi Hendrix) - 3:11
 B1は副題に「You Can Win」とあり(作者無記名)、アイアン・バタフライの『Heavy』A面ラストの「You Can't Win」と同一曲とすぐには気づく人は少ないと思われます。これはもともとシングル曲でもないし、CanとCan'tでは逆になっています。B2のアニマルズ曲はヒット曲で、原曲は7分の大曲をシングルA面Pt.1(2分半)、B面Pt.2(5分)に分けた大胆なものでした。トラフィックサウンドも5分40秒かけています。作者はエリック・バードンの名前だけクレジットされています。B3もB2同様GSカヴァーも多い曲で、なぜかB2とB3だけは作者名が記してありますが(トラフィックサウンドのヴァージョンに先駆けてペルーで著作権登録されていたのでしょう)、Jimmy Hendrixとなっています。ジミ本人なら笑って許すでしょうが、とにかく全曲の版権がペルー国内ではGo Goにあるので、ペルー国内だけでならこれは全曲オリジナル曲のアルバムでもあります。なんでB2, B3の2曲だけ作者名を載せ(しかも間違って)、しかも他の曲は著作権不詳扱いにしたのかは当時のペルー事情によるものでしょう。

 トラフィックサウンドのアルバムをリストにすると、
1. A Bailar Go Go (MAG, 1969)
2. Virgin (MAG, 1970)
3. Traffic Sound (a.k.a. III) (a.k.a. Tibet's Suzettes) (MAG, 1971)
4. Lux (Sono Radio, 1972)
 があり、2『Virgin』以降のアルバムは全曲オリジナル曲です。再発CDは単品でも出ていますが、
・1968-1969 (Background, 1992)
 は1と2をそのままカップリングしたものとなっており、
・ Yellow Sea Years (Vampi Soul, 2005)
 は1997年までマスターテープが行方不明になっていた4.『Lux』全曲に1~3までの代表曲を加えたコンピレーションです。2005年に2『Virgin』がイギリス盤CDで再発されたのをきっかけに再評価が高まり、以降何度か散発的なリユニオン・コンサートが行われています。結構しぶとくメンバーは現役ミュージシャンだったバンドで、国際的認知と本格的な再評価は今世紀に入ってからと言ってよく、まだ途上にあるでしょう。これも日本のGSやニューロックより再評価が遅れています。

 このデビュー・アルバムに限って言えば、GS時代の日本の在日アメリカ人バンド、ザ・リードや在日フィリピン人バンド、デ・スーナーズに似ていますが、リードやスーナーズの方が断然上手いバンドでした。録音の質にも依るかもしれません。RCAのリードやフィリップスのスーナーズの録音は当時日本の最高水準の技術と機材で制作され、特に在日ミュージシャンで初めてギターのスクィーズ奏法(チョーキング)を披露したギタリストを擁するリード、ジミ・ヘンドリックス曲を得意として日本の後期GSの教則本バンドになったスーナーズの功績を考えると、もしトラフィックサウンドが在日ペルー人バンドだったとしてもリードやスーナーズには及ばなかっただろうと考えられます。ゴールデン・カップスモップスの方がよっぽど上なのですから。

 しかしトラフィックサウンドはすべてオリジナル楽曲になったセカンド・アルバムから面白いことになります。ここまでずっとトラフィックサウンドがまるで冴えないバンドのように書いてきましたが、負の札ばかりから逆転一発してしまったように、突然英米ロックからは出てこない(サンタナのようなラテン系アメリカ人バンドからも出てこない)独創的なラテン系ロック・スタイルを『Virgin』一作で確立してしまうのです。『Virgin』以降のトラフィックサウンドはイギリスのホークウィンドやキャタピラー、フランスのゴング、イタリアのオザンナなどのサックス入りのサイケデリックアンダーグラウンド・バンドにも似ていますが、時期的にトラフィックサウンドの方が早いので直接の影響関係は考えられず、また独自性の方がはるかに強いのです。ラゴーニア(Laghonia)の同年のデビュー作『Glue』とともに、「インカ・ロック」はトラフィックサウンドの『Virgin』から始まったというのが納得のいく名作が続きます。トラフィックサウンドとラゴーニアは全アルバムをご紹介できそうなので、本作と『Virgin』の間に突然起こった飛躍から、「インカ・ロック」のよくわからない面白さをよくわからないまま聴いていく楽しみが今日のリスナーには残されています。

(旧稿を改題・手直ししました)