人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

Sun Ra - Bad and Beautiful (Saturn, 1972)

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Sun Ra - Bad and Beautiful (Saturn, 1972) Full Album : http://www.youtube.com/playlist?list=PLAE2393233002EB94
Recorded entirely at the Choreographer's Workshop, New York (the Arkestra's rehearsal space) in either November or December 1961.
Released by El Saturn Records Saturn Research ESR532, 1972
(Side A) :
A1. Bad and the Beautiful (Previn, Raksin) - 2:46
A2. Ankh (Sun Ra) - 5:11
A3. Just in Time (Styne, Comden, Green) - 3:49
A4. Search Light Blues (Sun Ra) - 5:39
(Side B) :
B1. Exotic Two (Sun Ra) - 4:47
B2. On The Blue Side (Sun Ra) - 5:29
B3. And This is My Beloved (Borodin, Wright, Forrest) - 3:16
[ Sun Ra and his Myth Science Arkestra ]
Sun Ra - Piano
Pat Patrick - Baritone sax(expect A4,B2), percussion(A4,B1)
John Gilmore - Tenor sax(expect B1), percussion(B1)
Marshall Allen - flute(A1,B3), percussion(A4,B1)
Ronnie Boykins - Bass
Tommy Hunter - Drums, percussion

 アラバマ州バーミンガム生まれ、シカゴ出身のジャズマン(バンドリーダー、作編曲家、振りつけ師、ピアニスト)出生名ハーマン・プール・ブロウント、のちにル・ソニー・ラーと改名、芸名は縮めてサン・ラ(1914-1993)については1956年のデビュー・アルバムから1961年のニューヨーク録音第1作までの13作を第1期サン・ラとして、このブログでも今年1月20日~3月16日にご紹介した。3か月間ジャズではサン・ラばかり聴いていたので、しばらくチャールズ・ミンガスジョン・コルトレーンのアルバム紹介で箸休めしていたが、またサン・ラ&ヒズ・アーケストラ(Arkestra=方舟Ark+オーケストラOrchestraの造語)のアルバム紹介の続きをしてみたい。サン・ラには歿年までに約200枚のアルバムがあり、デビュー・アルバムが42歳だから79歳の享年までの実働期間を思えば中年期でデビューしながら高齢まで精力的な活動を続けた偉人だが、この人は自分のバンドを作るまではシカゴの黒人音楽界の影の顔役みたいな存在で、膨大なスタジオ・ミュージシャン仕事と作曲やアレンジ、振りつけまで手がけていた。ところがある日啓示が降りてきた。ハーマン・ブロウントとして生まれ育ったが、実は自分はル・ソニー・ラーが本名で、地球生まれの土星人だったのだ。土星人は古代エジプト人の祖であり黒人で、地球文明は黒人から発祥したが黒人への弾圧と黒人文化への蔑視のために堕落した、とソニーさんは考えた。では自分が世のために何ができるか。再び土星人の音楽(ジャズ)を広めれば人びとの心が平安になり、平和が広がり、愛しあい、より良い文明がもたらせるのではないか。
 そしてソニーさんは戸籍名をル・ソニー・ラーに変え、芸名は簡潔にサン・ラ(太陽王)と変えて、自分が親分、弟子の若手ジャズマンたちをメンバーにサン・ラ&ヒズ・アーケストラを発足した。以下ご紹介済みのアルバムのリストだが、1~12が1956年~1961年にシカゴで活動しながら自主制作したアルバム(1、3のみ外部プロデューサーによる)、13がニューヨーク録音第1弾アルバムでデビュー・アルバムのプロデューサーによって再デビューを期して制作された。1と13のプロデューサー、トム・ウィルソン(1931-1978)が第1期サン・ラのスタートとピリオドを期したことになる。13はまだバンドの拠点をニューヨークに移すか検討段階にされた録音で、本格的なニューヨーク進出後のアルバムは今回の『Bad and Beautiful』こそが第2期サン・ラの第1作と言える。
[ Sun Ra and His Arkestra 1956-1961 Album Discography ]
1. Jazz by Sun Ra (Sun Song) (Transition, rec.& rel.1956)
2. Super-Sonic Jazz (El Saturn, rec.1956/rel.1957)
3. Sound of Joy (Delmark, rec.1956/rel.1968)
4. Visits Planet Earth (El Saturn, rec.1956-58/rel.1966)
5. The Nubians of Plutonia (El Saturn, rec.1958-59/rel.1966)
6. Jazz in Silhouette (El Saturn, rec.& rel.1959)
7. Sound Sun Pleasure!! (El Saturn, rec.1959/rel.1970)
8. Interstellar Low Ways (El Saturn, rec.1959-60/rel.1966)
9. Fate In A Pleasant Mood (El Saturn, rec.1960/rel.1965)
10. Holiday For Soul Dance (El Saturn, rec.1960/rel.1970)
11. Angels and Demons at Play (El Saturn, rec.1956-60/rel.1965)
12. We Travel The Space Ways (El Saturn, rec.1956-61/rel.1967)
13. The Futuristic Sounds of Sun Ra (Savoy, rec.1961/rel.1961)
(Original El Saturn "Bad and Beautiful" LP Liner Cover)

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 サン・ラのアルバム紹介はシリーズになるので、『Bad and Beautiful』以降の1960年代録音作品もリストにしておきたい。60年代いっぱいのサン・ラのアルバムは50年代作品同様、大多数がサン・ラ自身のマネジメントの設立したサターン・レーベルで制作・発売されたので(うち多数が70年代になってメジャーのインパルス・レーベルから再発された)、録音順と発売時期が滅茶苦茶に混乱している。発売順に並べると混乱に輪をかけてしまうので、録音順に整理した。『Bad and Beautiful』から60年代の掉尾を飾る『Atlantis』までちょうど20作になる。『Atlantis』は評価も高くまとまりも良いアルバムなので以前ご紹介したことがあるが、60年代作品から後は第1期サン・ラの13作のようにすべてがリンクを引けるとは限らなくなってくる。10年単位で括るなら1970年までが60年代なのだが、サターン・レーベル以外のレーベルからの録音が増大するのが1970年なので、『Atlantis』で区切った方がわかりやすい。サン・ラが一躍国際的注目を集めるようになったのはフリー・ジャズ専門の新設インディーズ、ESP-Diskからの『サン・ラの太陽中心世界Vol.1(The Heliocentric Worlds of Sun Ra, Volume One)』で、ESP-Diskというレーベル自体への注目度とあいまってこの自称土星人のジャズ・バンドはいったいどういう存在なのだ、とデビュー・アルバムから10年目にしてようやく世界がサン・ラに気づき始めた。第2期サン・ラ(60年代)も『The Heliocentric Worlds of~』1965以前と以降で前期・後期に分けた方がわかりやすいかもしれない。リストのアルバムはすべて聴いているので、次回からもリンクが引ける限り紹介していき、リンクが引けないアルバムは前後作の紹介の中で言及したい。
[ Sun Ra and His Arkestra 1961-1969 Album Discography ]
1. (14) Bad and Beautiful (El Saturn, rec.1961/rel.1972)
2. (15) Art Forms of Dimensions Tomorrow (El Saturn, rec.1961-1962/rel.1965)
3. (16) Secrets of the Sun (El Saturn, rec.1962/rel.1965)
4. (17) What's New (El Saturn, rec.1962/rel.1975)
5. (18) When Sun Comes Out (El Saturn, rec.1963/rel.1963)
6. (19) Cosmic Tones for Mental Therapy (El Saturn, rec.1963/rel.1967)
7. (20) When Angels Speak of Love? (El Saturn, rec.1963/rel.1966)
8. (21) Other Planes of There (El Saturn, rec.1964/rel.1966)
9. (22) Featuring Pharoah Sanders & Black Harold (El Saturn, rec.1964/rel.1976)
10. (23) The Heliocentric Worlds of Sun Ra, Volume One (ESP-Disk, rec.1965/rel.1965)
11. (24) The Magic City (El Saturn, rec.1965/rel.1966)
12. (25) The Heliocentric Worlds of Sun Ra, Volume Two (ESP-Disk, rec.1965/rel.1966)
13. (26) Nothing Is (ESP-Disk, rec.1966/rel.1970)
14. (27) Strange Strings (El Saturn, rec.1966/rel.1967)
15. (28) Batman and Robin - The Sensational Guitars of Dan and Dale (Tifton, rec.1966/rel.1966)
16. (29) Monorails and Satellites, volumes 1 (El Saturn, rec.1966/rel.1968)
17. (30) Monorails and Satellites, volumes 2 (El Saturn, rec.1966/rel.1967)
18. (31) Continuation (El Saturn, rec.1968/rel.1969
19. (32) A Black Mass (Jihad Productions, rec.1968/rel.1968)
20. (33) Atlantis (El Saturn, rec.1967-1969/rel.1969)
(Original El Saturn "Bad and Beautiful" LP Side A Label)

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 前作で初めてニューヨークのレーベルからのアルバム発売を果たしたアーケストラだが普段サターン・レーベルで作っているアルバムとはかなり趣の違ったシリアス寄りの内容だったのと、プロデューサーのトム・ウィルソンの尽力によるとはいえサヴォイ・レーベルはまったく売り出しに力をいれなかったと言う。1980年代に再発売されるまでずっと廃盤状態だったらしい。内容は優れたものだったが、いつものアーケストラの音楽からは異色作になった。アーケストラはシカゴ時代からビッグバンド・ジャズがビバップを通って独自のフリー・ジャズに変化する過程を示してきたが(だがシカゴから動かなかったので、同時期にミンガスがニューヨークで浴びていたような注目が集まらなかった)、『The Futuristic Sounds of Sun Ra』はシカゴでの行き詰まりもあってニューヨーク進出を検討中に再びトム・ウィルソンに後押しされたかたちだった。ウィルソンは1962年からボブ・ディランサイモン&ガーファンクルを始めとして、フランク・ザッパや新生アニマルズ、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドらフォークとアンダーグラウンド・シーンのロックのプロデュースに転身してしまうので、ウィルソンにとってもサン・ラはジャズ・プロデューサーとして最初と最後に手がけたアーティストだった。ウィルソンがいなくてもサン・ラはデビューしただろうが、節目節目で外部プロデューサーと組むのは方向性の見直しには必要だったろう。『The Futuristic Sounds of~』はそれまですべて自己流でやってきたサン・ラが、ミンガスやコルトレーンセシル・テイラーオーネット・コールマンら新しいジャズの動向に対抗する意識が前面に出ており、アーケストラ本来の黒いノリ、クラブの客のざわめきまで聞こえてきそうな勢いに知的な抑制をかけている。『The Futuristic Sounds of~』はサヴォイの怠慢から不発に終わったが、1965年の『The Heliocentric Worlds of~』では気鋭の新設レーベルESP-Diskの大プッシュもありシリアス路線でリヴェンジを果たすのだった。
 発売は1972年になったが『Bad and Beautiful』は寄せ集めではなくバンドが借りていた練習場で一気に録音されたアルバムでアーケストラもニューヨークに進出して初の作品であり、『The Futuristic Sounds of~』のようにサン・ラ&アーケストラのメンバー4人+セッションマン3人というのとは違う、完全なアーケストラのアルバムとして制作された。内容はサン・ラ最後の「インサイド」なジャズ作品と評され、A1のアルバム・タイトル曲は1952年の映画『悪人と美女』主題歌、A3は1956年のミュージカルで1960年に映画化された『Bells Are Ringing』(日本未公開)挿入歌、B3は1953年のミュージカル『キスメット』挿入歌と、全7曲中3曲がスタンダード、4曲のサン・ラのオリジナル曲中「Ankh」は『Sound of Joy』(1956年11月録音)初出、ヴァリエーション「Ankhnaton」が『Fate in a Pleasant Mood』(1960年録音)に収録されているので新曲は3曲になるが「Ankh」もまったく違う印象を受けるのは、このアルバムはアーケストラ史上最小の6人編成(3管+ピアノトリオ)で録音されており、ベースのボイキンスは変わらずドラムスは新人で、管の3人はレギュラーのマーシャル・アレン、ジョン・ギルモア、パット・パトリックだが今回アレンはアルトサックスは吹かずバラードのA1,B3でフルートを吹きA4,B1でパーカッションを担当するだけで、またバリトンサックスのパトリックはA1,A2,B2,B3でバリトン、A4,B1でパーカッション担当で、テナーサックスのギルモアはB1でパーカッション担当になる以外の6曲ではテナーを吹いているからA2,B2,B3はアレン抜きの5人編成になり、A3はアレンとパトリック抜きの4人編成になり、このアルバムの白眉と言えるピアノトリオ+3パーカッションのB1「Exotic Two」はサン・ラの打楽器奏法のピアノとパーカッションが爆発的な演奏を聴かせる。ただしアルバム全体的にはアーケストラ作品でも渋い方で、B1以外のオリジナル曲は「Ankh」のニュー・ヴァージョンにせよ、軽快なB2にせよ、変型ブルースの枠を出ないとも言える。やや異色なのはA4「Search Light Blues」で、スタンダード「Lover Man」のベース・パートに「Alone Together」のメロディ・ラインを乗せて変型マイナー・ブルースに改作している。『Bad and Beautiful』に続く2作『Art Forms of Dimensions Tomorrow』『Secrets of the Sun』でサン・ラ&アーケストラのジャズははっきりアウトサイドなものになるが、スタンダードを3曲含み、粗い音質の録音でいったんシカゴ時代のアルバムのムードに戻ったような本作にも(スタンダード3曲はサン・ラのニューヨーク進出宣言を表す戦略だという評もある)、このアルバムにしかない魅力がある。サターン作品の通例で、相変わらず30分という収録時間には物足りなさを感じるが。