人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

ザ・スターリン - 虫 (徳間音楽工業/クライマックスレコード, 1983)

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ザ・スターリン - 虫 (徳間音楽工業/クライマックスレコード, 1983) Full Album : https://youtu.be/cQhxmFsuAbY
Released by 徳間音楽工業/クライマックスレコード CMC-2512, April 25, 1983
全作詞・作曲・編曲: ザ・スターリン
(Side A)
A1. 水銀 - 3:28
A2. 365 - 1:45
A3. 泥棒 - 1:24
A4. 天プラ - 1:05
A5. Fifteen (15才) - 1:41
A6. ING,O! (夢遊病) - 2:11
A7. Die In - 0:59
A8. 取り消し自由 - 3:30
(Side B)
B1. GO GO スターリン - 1:48
B2. Nothing - 2:18
B3. アザラシ - 2:07
B4. 虫 - 9:53
Total Time: 32:09
[ ザ・スターリン The Stalin ]
ミチロウ - ボーカル
タム - ギター
杉山シンタロウ - ベース
中村貞裕 (from じゃがたら) - ドラムス

このアルバムの発売は多少誇張すれば事件と言って良いものでした。メジャー・デビュー作『STOP JAP』(1982年7月1日発売)も同じ徳間音楽工業のジャパンレコードから発売されたP-MODEL『Perspective』(1982年3月1日発売)とともに1982年度の日本のロックの収穫と音楽誌では好意的な評価を受けましたが、それはインディーズからのフル・アルバム『Trash』1981.12や『STOP JAP』発売に伴う活発なライヴ活動とメディア戦略からはザ・スターリン遠藤ミチロウにはもっとすごいものが望める、という期待感があったからでもあります。そして9か月ほどで発売されたメジャー第2作『虫』は期待をはるかに上回る、とんでもないアルバムでした。オリジナル・メンバーの乾ジュン(ドラムス)が抜け暗黒大陸じゃがたらから中村テイユウがゲスト参加したアルバムですが、じゃがたらはセンスと力量があるもメンバーの奇行で知られ、『虫』収録曲は中村テイユウの言動にヒントを得て作られた曲が多いそうです。2005年に発掘発売されたライヴ盤『絶望大快楽 LIVE at 後楽園ホール'83』は『虫』発売記念ツアーからの収録ですが、遠藤ミチロウ・杉山シンタロウ以外のメンバー(ギター、ドラムス)は早くも変わっており、インディーズに戻って制作された次作『Fish lnn』では乾ジュンは復帰したもののギターとベースはまたもや別メンバーとなっています。
前作『STOP JAP』がやや実験的なハードコア・パンクのアルバムとしても、ある程度英米日の先駆的ハードコア・パンクのバンドやポスト・パンクの実験的バンドのサウンドを連想させる面がありました。完全に孤立して成立している音楽は通常ありませんし、孤立しているから良いというものでもありません。しかしザ・スターリンが『虫』で作り出したパンク・ロックは開いた口がふさがらないようなものでした。『STOP JAP』やインタヴューでうかがえる遠藤ミチロウは1950年生まれという年齢や、70年代は大学卒業後にフォーク・イヴェント主催やロック喫茶経営(店名は「ジェスロタル」だったそうです)、東南アジア放浪旅行を経て上京後にアンダーグラウンドのフォーク・シンガー活動に入るという、遅れてきた反体制ヒッピーと言うべき経歴を反映した姿勢が垣間見えるものでした。頭脳警察村八分四人囃子ら70年代のバンドのメンバーと同世代か、むしろ年長だったくらいなのです。フォーク・シンガーとして早くからレコード・デビューしていればキャリアは10年になっていたはずの人でした。『STOP JAP』も表現はダーティながら反体制フォークのパンク版と言えないことはない内容のロックでした。ですが『虫』はザ・スターリンのバンド・コンセプトには一貫性を貫きながら、歌詞もサウンドも斬新で、まったく反体制フォークの痕跡を残さないパンク・ロックに脱皮していました。このアルバムは痴呆的な世界を告発する痴呆的な表現を見事にサウンド化したものでもありました。
(Original Tokuma/Climax Records "虫" LP Limited Picture Label Edition)

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 このアルバムはジャケット裏面に各曲のタイトルと歌詞、「作詞・作曲・編曲・演奏・ザ・スターリン」と記載されているのみで、その他の情報は一切記載されていません。歌詞が極端に簡素になったのは『STOP JAP』でレコード倫理委員会から散々駄目出しをくらったのを逆手に取ったこともあるそうです。そしてサウンドハードコア・パンクどころかスラッシュ・メタルを先取りしたような極端なものになっていました。ジャケット裏に全歌詞が掲載されたのは、まず歌詞をリスナーにアピールしているということです。A1「水銀」とA2「365」、B2「Nothing」からB3「アザラシ」、B4「虫」は比較的形式的な連を持った歌詞ですが、A3「泥棒」~B1「GO GO スターリン」の7連発はあまりに短い楽曲ともども強烈です。
*
A3. 泥棒 - 1:24
ドロボー!
つかまってたまるか!
警察がやって来る!
逃げろ!
あの角を曲がれ!
誰かつかまえてくれ!
警察に知らせろ!
ドロボーだ!
A4. 天プラ - 1:05
天プラ おまえだ カラッポ!
A5. Fifteen (15才) - 1:41
遊びたい!
遊ぶオンナは嫌いだ!
A6. ING,O! (夢遊病) - 2:11
おまえだろ!
やっちゃいねぇよ
おまえだろ!
おいら知らねぇよ
アー・アー・アー・ウー・ウー
A7. Die In - 0:59
死んだふりをしろ!
何にも恐くない!
死んでしまったよ!
倒れたヤツが居る
A8. 取り消し自由 - 3:30
勝手にしろ
いいかげんにしろ
デタラメなんだ
吠えづらかくな
帰りたいよう!
B1. GO GO スターリン - 1:48
ママ 共産党
パパ 共産党
おとうさん ウソツキ!
パパ 貧乏
ママ 貧乏
被告 みんなヒコク ミンナヒコク ミン な
裏切者!
ママ 共産党 パパ……
*
この「GO GO スターリン」がシングル・ヴァージョンでもリリースされているのですから当時のザ・スターリンの勢いはすごいものでした。またB3「アザラシ」の「オレはアザラシ/手も足も出ない」などはスモン病訴訟・サリドマイド訴訟の記憶の新しかった当時には日常語を使って社会的なタブーにぎりぎり接近したアクロバティックですらある歌詞表現でした。アルバム『虫』は前作以上に各種音楽誌で高い評価を得、『STOP JAP』の最高位3位を上回るオリコン・アルバムチャート最高位2位を記録することになります。
(Original Tokuma/Climax Records "虫" LP Unlimited Edition Front & Liner Cover)

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 このアルバムは8曲も入っているA面、10分近いアルバム・タイトル曲で締める4曲からなるB面のコントラストをB1「GO GO スターリン」が橋渡し、構成もよくできています。B2からB4はヘヴィなサイケデリック色が強まって行き、それもソノシートの「電動コケシ」、EP『スターリニズム』の「スターリニスト」、『Trash』の「溺愛」、『STOP JAP』の「ワルシャワの幻想」などリリース作品ごとに必ず強調されてきた側面で、次作『Fish Inn』ではアルバム全編がヘヴィなサイケデリックハードコア・パンクと言うべき作風になります。『虫』の場合は全編32分・12曲のうちタイトル曲「虫」が10分を占めますから、残り22分・11曲で1曲平均2分というマメのような曲が並んでいます。『STOP JAP』より格段に実験的でありながら軽快に聴くこともでき、『Fish Inn』(も名作ですが)のように陰鬱に過ぎることはなく、オリジナル・スターリンのもっともバランスのとれた傑作でしょう。前作の大ヒットから本作もセールス的成功が見込まれ、初回限定版は丸尾末広描きおろしのピクチャー・ディスクという豪華仕様でした。この忍者かサムライかガンマンかわからないポップアートもまた素晴らしいものです。
イエロー・マジック・オーケストラ戸川純の大ヒットはありましたが、これほど音楽性は実験的、バンドのスタンスは反社会的なアルバムがポピュラー音楽チャートで2位の大ヒット作になったのは、1983年の新旧ポピュラー音楽界の景気が上向きだったのも見逃せないでしょう。70年代にはとうてい無理だったでしょうし、ぎりぎり90年代初頭……2000年代に入っては、まず確実にインディーズ・レーベルでさえも難色を示すほど『虫』は時流を抜きつつ、1983年ならではのアルバムと言うこともできました。これから『虫』を知るリスナーが羨ましく思う半面、どこまでこのアルバムが通じるか興味深くもあります。