人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

Sun Ra - The Heliocentric Worlds of Sun Ra (ESP-Disk, 1965)

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Sun Ra - The Heliocentric Worlds of Sun Ra (ESP-Disk, 1965) Full Album : https://www.youtube.com/playlist?list=PLsC0o3dOHglBZEomaMoZnGGZeglHZHm2l
Recorded at RLA Studio, NYC, April 20, 1965
Released by ESP-Disk 1014(US), Fontana Records(EUR), 1965
An album of compositions and arrangements by Sun Ra played by Sun Ra and his Solar Arkestra
(Side A)
A1. Heliocentric - 4:00
A2. Outer Nothingness - 7:40
A3. Other Worlds - 4:18
(Side B)
B1. The Cosmos - 7:20
B2. Of Heavenly Things - 5:40
B3. Nebulae - 3:16
B4. Dancing in the Sun - 1:50
[ Sun Ra and his Solar Arkestra ]
Sun Ra - piano, bass marimba, electric celeste, timpani
Chris Capers - trumpet
Teddy Nance - trombone
Bernard Pettaway - bass trombone
Marshall Allen - piccolo, alto saxophone, bells, Spiral cymbal
Danny Davis - flute, alto saxophone
Robert Cummings - bass clarinet, woodblocks
John Gilmore - tenor saxophone, timpani
Pat Patrick - baritone saxophone, timpani
Ronnie Boykins - bass
Jimhmi Johnson - drums, percussion, timpani

 この発売50周年過ぎた名盤中の名盤『サン・ラの太陽中心世界』(邦題)こそはサン・ラ50歳にしてついに国際的ジャーナリズムの注目を集めた記念碑的作品にして、欧米の各種ジャズ・ディスクガイドでも5つ星評価で満点が定着している代表作です。日本でも発売前からサンプル盤がアメリカからジャズ雑誌に直接プロモートされ、即座に日本盤発売された初のサン・ラのアルバムになりました。サン・ラの場合評価がもっとも遅れたのがアメリカ本国で、本作はフリー・ジャズの新興インディー・レーベルESP-DISKからのリリースという話題性に加え、ヨーロッパや日本のジャズ・ジャーナリズムにとっては謎の伝説的ジャズマンだったサン・ラの音楽が片鱗たりともようやく明らかになったことで衝撃的な事件ですらありました。それまで発表されたサン・ラのアルバムは短命インディーズのトランジションに1枚、アーケストラ自身の自主レーベルのサターンに3枚とニューヨークのインディーズのサヴォイに1枚きりで、サヴォイ盤すらまったくプロモートされず発売即廃盤になっていたので、名のみ囁かれる存在にもかかわらずアルバムはほとんど聴くすべもありませんでした。
 サン・ラの推定年齢や活動歴の長さはジャズ界の謎として語られていたので、サン・ラ・アーケストラの実態が明らかになるのはアメリカのアンダーグラウンド・ジャズ・シーンの核心に迫ることでもありました。ただしアーケストラの音楽性は1963年を境に急激に変化しており、シカゴ時代の初期5年間にはほぼ一定していた作風がニューヨーク進出後には急激に先鋭化したことがわかります。それはリーダーのサン・ラだけではなく、メンバーがニューヨークの黒人ジャズ・シーンに深く関わる中で、盛んになりつつあったフリー・ジャズ運動に刺激を受けたことがアーケストラの新しい方向性に反映されたものでもありました。前作『Other Planes of There』1964 earlyと本作の間に前回ご紹介した1964年6月15日のライヴ録音『Featuring Pharoah Sanders & Black Harold』があります。サターン・レコーズから1976年に発掘発売されたもので、これはファロア・サンダース(テナーサックス/1940~)の短期在籍中のアーケストラ唯一の録音として貴重なアルバムですが、続く『The Heliocentric Worlds~』にサンダースの参加がなかったのは両者にとって必然だったと思えます。サンダースの本領発揮にはサン・ラの音楽的コントロールは厳重すぎたと言えるでしょう。アーケストラのレギュラー・テナーだったジョン・ギルモアの代役としてサンダースは悪くはないもののギルモアほど多彩な演奏家ではなく、アーケストラのアンサンブルとは指向性が異なります。特に『The Heliocentric Worlds~』はアーケストラ作品でもメンバー個々の個性が抑えられた、ある種匿名的なアンサンブルが求められたアルバムでした。

(Original ESP-Disk "The Heliocentric Worlds of Sun Ra" LP Liner Cover & Side A Label)

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 一聴すると『Other Planes~』とそれほど変わりのないように聴こえる『The Heliocentric Worlds~』ですが、構成やアンサンブルははるかに引き締まったものです。『Other Planes~』も前年時点では完成と到達点を示したアルバムですが、本作の完成度とはテンションの持続に習作と完成品ほどの差があります。本作では尋常なフルセットによるドラムス・パートが最終曲B4まで存在せず、各種パーカッション・アンサンブルが前面に出て、持続的なビートは唯一ベースが担っているのが本作の異様なサウンドの鍵を握っており、これほど打楽器中心ながら定型ビートがなく、テーマ・パートをパーカッション・アンサンブルが担って成功したアルバムはエドガー・ヴァレーズ以降の現代音楽にも稀でしょう。サン・ラの考えるジャズは常に黒人音楽としてのジャズでしたから白人音楽の前衛としての現代音楽との比較は意味をなさないのですが、これはディジー・ガレスピーアート・ブレイキーマックス・ローチらが試みていたような(そしてナイジェリアのジャズマン、フェラ・クティ英米ジャズの影響下から出発して完成させることになる)アフリカ起源の音楽としてのジャズとも異なる方向から発明されたブラック・ミュージックで、ジャズの歴史が事実上黒人ジャズマンと白人ジャズマンのアイディアのキャッチボールで発展してきたことを思えば、サン・ラほど白人ジャズとは無関係に自分のバンドを率いてきたジャズマンは珍しいのです。アーケストラと近い音楽を演っていたチャールズ・ミンガス、'70年代にアーケストラに急接近するマイルス・デイヴィスらはむしろ白人ジャズマンと積極的に交際していた黒人ジャズマンでした。
 サン・ラが白人ジャズや現代音楽にまったく無関心だった証拠はありませんし、ESP-DISKは白人オーナーによるレーベルでしたしフリー・ジャズ自体も多くの白人ジャズマンを擁したジャズの革新運動でした。ビ・バップ以来黒人ジャズに白人ミュージシャンがアプローチする機会は増え(ハード・バップへの移行期にビ・バップを固持したのはむしろ白人ジャズマンでした)、フリー・ジャズは特定のスタイルを指すものではないため音楽的にも黒人ジャズと白人ジャズで区別されるようなものではありませんでしたが、アーケストラのようなフリー化以前から中型ビッグバンドの可能性を追求していたバンドは他にいなかったのです。バス・クラリネット、バス・トロンボーンら低音域のホーン・アンサンブルは従来のアーケストラ作品でもこれほど大胆な試みはなかったほどで、A1のようにサン・ラのピアノやエレクトリック・チェレステ(改造フェンダー・ローズ、または自作エレクトリック・ピアノと思われます)すら入らない曲があり、一方サン・ラはピアノにとどまらず、鍵盤楽器ソロ曲B3以外にはバス・マリンバティンパニでパーカッション・アンサンブルをリードする場面が多いのも本作の特色です。A1~A3のA面3曲はシームレスのメドレーであり、B2「Of Heavenly Things」はA1「Heliocentric」の同一モチーフにより、アルバム全編が1曲であるような循環的な構成になっています。結果、本作はサン・ラのアルバムではもっともフリー・ジャズ的かつ完成度が高く、もっとも幻惑的な印象を受けるアルバムになりました。これがサン・ラにとってもきわどい成功だったのは、半年後に録音された『The Heliocentric Worlds of Sun Ra, Volume Two』『Volume Three』が本作ほどの完成度に至らなかったことでも致し方なかったと思えます。