人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

アルバート・アイラー Albert Ayler - スピリッツ Spirits (Debut, 1966)

アルバート・アイラー - スピリッツ (Debut, 1966)

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アルバート・アイラー Albert Ayler - スピリッツ Spirits (Denmark Debut, 1964) Full Album
Recorded at Atlantic Studios, New York City, February 24, 1964
Originally Released by Debut Records (Denmark) DEB 146, 1966
All Selection Composed by Albert Ayler
(Side 1)
A1. スピリッツ Spirits : https://youtu.be/bKqhDkSd7PI - 6:35
A2. ウィッチズ・アンド・デヴィルズ Witches And Devils : https://youtu.be/viiqv71RS8A - 11:55
(Side 2)
B1. ホリー・ホリー Holy, Holy : https://youtu.be/xVL80LqmHjk - 11:00
B2. セインツ Saints : https://youtu.be/ZHoXvX4hrkA - 6:05

[ Personnel ]

Albert Ayler - tenor saxophone
Norman Howard - trumpet
Henry Grimes (A1, A2 & B2), Earle Henderson (A2 & B1) - bass
Sonny Murray - drums

(Original Denmark Debut "Spirits" LP Liner Cover)

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 今日3月18日は聖霊の日とのことですが、キリスト教徒にとってはペンテコステというと聖霊降臨祭(五旬節、または五旬祭)を連想します。太陽暦時代の杉越しの祭から50日目なのがペンテコステという名の由来であり、この日にイエスの復活・昇天後、集まって祈っていた120人の信徒たちの上に、神からの聖霊が降ったとされます。十字架にかけられて死んだイエス・キリストが三日目に復活したことを記念するのがさらに重要な復活祭(イースター)で、年度によってどちらも移動しますがイースターは3月末から4月中旬の日曜日(礼拝日)、ペンテコステは5月中旬~6月上旬のやはり日曜日に行われます。クリスチャンの家庭に育った方なら子供の頃のイースターペンテコステのわくわくする気持を覚えていらっしゃることでしょう。なんと第22・24代アメリカ合衆国大統領グロバー・クリーブランド(1837-1908)、19世紀フランスの象徴派詩人ステファヌ・マラルメ(1842-1898)、「ロシア五人組」の作曲家ニコライ・リムスキー=コルサコフ(1844-1908)、詩人の田村隆一(1923-1998)、SF作家の光瀬龍(1928-1999)、歌手フランク永井(1932-2008)、小説家のジョン・アップダイク(1932-2009)と真継伸彦(1932-2016)、ソウル歌手ウィルソン・ピケット(1941-2006)、漫才師・横山やすし(1944-1996)さんの誕生日でもあるそうです。3月18日が誕生日・忌日の歴史的著名人を上げるときりがありませんが、マラルメとピケットが同日生まれとは誕生日占いもあてにならない実例のようです。

 日本でこの日が精霊の日とされるのは柿本人麻呂和泉式部小野小町の3人の忌日がこの日とされているからだそうなので、キリスト教的な意味の聖霊とは何も関係ないようです。また日本で初の点字ブロック岡山県の国道に着けられた「点字ブロックの日」でもあるそうなので、文化的には点字ブロックの実用化の方にはるかに重要性があるでしょう。人麻呂、和泉式部小野小町といえば昨夜深夜放映のアニメ「ちはやふる3」はヲタ用語で言う「神回」でした。それはさておき、聖霊=スピリッツ(Spirits)と言うと、1968年デビュー・1971年解散のロサンゼルスのロック・バンドのスピリッツ、アルバム・タイトルの例ではアルバート・アイラー(1936-1970)の第4作で、初のアメリカ録音のスタジオ・アルバムになった(第1作と第2作は1962年のストックホルムの美術館での無料コンサートのライヴ、第3作『マイ・ネーム・イズ・アルバート・アイラー』1963はデンマーク国営ラジオ出演のスタジオ・ライヴでした)本作が思い出されます。本作までのアイラーはいずれもスウェーデンのインディー・レーベルやデンマークのレコード会社からのリリースで(本作と同セッション録音で発売はアイラー没後の1971年になったゴスペル曲集『Swing Low Sweet Spiritual』も同様。アイラーは1964年2月24日の同一メンバーによる1セッションでアルバム2枚分12曲を録音しました)、次作『スピリチュアル・ユニティー(Spiritual Unlty)』1965(録音1964年7月)からようやくアイラーのアルバムはアメリカ録音・国内リリースがされるようになります。

 『The Rolling Stone Jazz Record Guide』では★★★★★満点の本作は、ドラムスに元セシル・テイラー・ユニットのサニー・マレーを迎えた初のアルバムでもあり、マレーの定型リズムを叩かないパルス・ビートのドラムスは、それまでの最先端だったポリリズムによるシンコペーションからリズム構成の可能性を一気に拡大したものでした。通常の4ビート・ジャズのように反復リズムを叩かないのでビートの推進力を捨てた代わりにパルスによってリズムから空間的なアプローチを行ったので、本作の成果がテナーサックス、ベース、ドラムスの最小編成による次作で名曲「Ghost」をフィーチャーした大傑作『スピリチュアル・ユニティー』を生んだのです。またアイラーが聖霊、聖者、魔女、魔術師、悪魔など黒人教会派スピリチュアル的な発想を持ちこんだのも本作が始めになり、アイラーが敬愛していた先輩テナー奏者ジョン・コルトレーン(1926-1967)に逆影響を与えたのもこの黒人教会的発想でした。コルトレーンは「アイラーのようにサックスを吹きたい」とも晩年には自分の後継者はアイラーだと公言もし、癌の悪化による逝去前にオーネット・コールマン(1930-2015)とアイラーを葬儀の追悼演奏者に指名しました。よほどの尊敬と信頼、その音楽への心酔がないと自分の葬儀の追悼演奏(参列者全員が聴くのです)には指名しないでしょう。もっともコルトレーンがかつて在籍したバンドのリーダーで直接の師に当たるディジー・ガレスピーセロニアス・モンクマイルス・デイヴィスらはノーギャラで演奏は頼めないどころか参列に招くのも怖れ多い大スターですし、冠婚葬祭のうち冠婚は先輩から祝してもらうのがふさわしいですが葬儀というと自分の心服する若く有望な世代に送ってもらうのが普通でもあります。またオーネットとアイラーはコルトレーンを看板アーティストとしていたImpulse!レーベルにコルトレーン自身が招いていたアーティストでした。

 晩年のコルトレーンは自分と後輩のテナー奏者ファロア・サンダース(1940-)、アイラーの三人の精神的絆を「父(コルトレーン)と子(サンダース)と聖霊(アイラー)」と見なしており、1966年のアルバム『メディテーションズ(Meditations)』(1965年11月録音)ではLPのA面全面の組曲を「The Father And The Son And The Holy Ghost」としていました。アイラーの代表曲「Ghost」にかけた「Holy Ghost」とは「Spirit」と同義です。1965年にはコルトレーンがいかにアイラーの音楽に強い共感を示していたかを語るもので、そのアイラー自身のスタイルは初の全曲オリジナル曲のスタジオ・アルバム『スピリッツ』に始まっていたと言えます。またアイラーには曲名違いも多いのですが、本作のB2「Saints」は『スピリチュアル・ユニティー』のB1では「Spirits」と改題されて再演され、本作のB1「Holy Holy」はテーマ部は『スピリチュアル・ユニティー』では本作のA1「Spirits」と組みあわされてA2「The Wizard」に、2分台半ばと4分台末のアドリブには『スピリチュアル・ユニティー』A1・B2の「Ghost」のテーマの原型が現れます。

 アイラーはピアニストを入れない編成を好みましたが、本作はメンバーにトランペット、ベーシスト二人(ヘンリー・グライムスがA1、A2とB2にアール・ヘンダーソンがA2とB1で、A2のみツイン・ベースになります)、ドラムスと、各曲のテーマは唯一トランペットと合奏するA2「Witches And Devils」以外の3曲はアイラーのテナーが単独でとっています。1972年以降のFontanaレーベルからの再発以降はこの曲をから『Witches And Devils』とタイトルされた再発盤も出ました。先にアイラーには同一曲の曲名違いの改作再演が多いのを指摘しましたが、ピアノレスの編成で最小限のテーマ・メロディーに演奏の大半が即興ならば曲想も似てきますし、かっちりしたアレンジよりも即興が中心ならば個別の楽曲はテーマ・メロディー中心による発想ではなくなります。その点アイラーにとってテーマ・アンサンブルに入念なアレンジの見られるA2「Witches And Devils」は例外的で、再発盤が『Witches And Devils』と改題された版が多いのも同曲のこのアレンジはこのアルバム限りだからでしょう。しかし『スピリチュアル・ユニティー』の収録曲4曲は、アルバム録音の1964年7月10日に4週間先立つ6月14日のライヴを発掘した没後発表作『プロフェシー(Prophecy)』1975で全4曲ともレギュラー・トリオ編成のスタジオ録音用アレンジはほぼ完全に練り上げられていたことが判明しており、そこに臨時編成メンバーによって、ほとんどリハーサルもされずに本番録音されたと思われる本作『スピリッツ』との完成度の差が表れています。

 それでも本作は、一筆描きのような緊張感をともなった軽快さが魅力になっていて、知性派白人ベーシストのゲイリー・ピーコックのレギュラー参加によって理知的な対位法的統一がとれている『スピリチュアル・ユニティー』の高度な音楽的完成とは違った尺度で本作ならではのみずみずしさが味わえるアルバムであり、大傑作『スピリチュアル・ユニティー』の習作にとどまらない、初の全曲オリジナル曲で録音に挑んだアイラーの気合いのみなぎった八分咲きの桜、完熟直前の果実のようなアルバムです。ゴスペル曲集と本作を一度にデンマークのレコード会社のために録音するも、一旦は発売が見送られ『スピリチュアル・ユニティー』の翌年ようやく本作が発売されることになったのは、それまでのアイラーはスタンダード集ばかりでしたから一応傾向の違う2枚分を作らせたものの、発売は時期尚早と見ていたレコード会社側の判断でしょう。アイラーの評判が上がってきた頃ようやくその機が来たわけですが、もっとポピュラーなゴスペル曲集の方は没後発表、つまり生前はずっとお蔵入りにされていたのです。1963年以降のアイラーは晩年までニューヨークを拠点としていましたが学生やジャズ・マニア向けのカフェや新進ジャズマンたちの自主コンサートくらいしかライヴの仕事はなく、むしろ海外ツアーやアメリカ以外のヨーロッパ諸国や日本でのレコード売り上げの方が好調だったものの、急逝までの8年間のプロ・ミュージシャン生活で平均年収80ドル(!)だったそうで、聖霊とはシャレではなく、本当にようやく霞を食うような音楽家生活を送っていた人です。アイラーの音楽は高い精神性と豊かな肉体性を兼ねそなえた手応えのあるもので、50年以上を経た今も聴きつがれていますが、商業音楽として広く即座に歓迎されるような大衆性はありませんでした。しかし生前には報われない音楽に身を捧げるのが運命だったようなミュージシャンだったとしても、音楽自体の喜びが長い生命力を保ったことをこそ寿ぎたいものです。