人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

チャールズ・ミンガス Charles Mingus - 道化師 The Clown (Atlantic, 1957)

チャールズ・ミンガス Charles Mingus - 道化師 The Clown (Atlantic, 1957)

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チャールズ・ミンガス Charles Mingus - 道化師 The Clown (Atlantic, 1957) Full Album : https://www.youtube.com/playlist?list=PLMNMmvIC2uGZDhulOHWzZisZhEbMVWQ4a
Recorded at Atlantic Studios, New York City, February 13 ("The Clown") and March 12 (except "The Clown"), 1957
Released by Atlantic Records SD-1260, Late August or early September, 1957
All tracks written by Charles Mingus.

(Side 1)

A1. Haitian Fight Song - 11:57
A2. Blue Cee - 7:48

(Side 2)

B1. Reincarnation of a Lovebird - 8:31
B2. The Clown - 12:29
(CD Bonus tracks)
5. Passion of A Woman Loved - 9:52
6. Tonight At Noon - 5:57

[ The Charles Mingus Jazz Workshop ]

Charles Mingus - bass
Shafi Hadi - alto and tenor saxophone
Jimmy Knepper - trombone
Wade Legge - piano
Dannie Richmond - drums
Jean Shepherd - narration ("The Clown" only)

(Original Atlantic "The Clown" LP Liner Cover & Side 1 Label)

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 前作が『Pithecanthoropus Erectus(邦題「直立猿人」)』で今作が『The Clown(邦題「道化師」)』なら、2打席連続満塁ホームランを打ったようなものです(その前の『At the Cafe Bohemia』は三塁打でしょう)。最初のメジャー・レーベル発売(アトランティックはインディーではありましたが、配給は大メジャーのワーナー傘下のレーベルでした)作品になった『直立猿人』1956から一時的な引退作になる『Music Written For Monterey』1965(次作は1970年)までの10年間のチャールズ・ミンガス(1922-1979)はアルバム枚数にして約30枚を制作しており、ジャズ史上この時期のミンガスの創造力はデューク・エリントンに匹敵するとされ、ミンガス生涯の傑作もまたこの時期に集中しています。前作『直立猿人』を超えるアルバムではありませんが、この『道化師』を重要作品にしたのは1にミンガス最高のキラー・チューン「ハイチ島の戦闘の歌(Haitian Fight Song)」の決定版スタジオ・ヴァージョンを収めたこと、2にミンガス逝去の1979年まで専属ドラマーとなるダニー・リッチモンドの初参加作であること、3に本作では失敗しますが前作に続く果敢なコンセプト・アルバムの試みが上げられます。アルバム・タイトル曲でミンガスは戦後最高の人気を誇ったアメリカの人気白人MC、ジーン・シェパードの参加を得てナレーション入りのジャズ交響詩を試みましたが(20世紀クラシックではプロコフィエフピーターと狼』1936などが有名です)、そのタイトル曲「道化師」はナレーションが主役かジャズが主役か焦点の定まらない印象を受けます。ナレーションはミンガスの原案をシェパードが即興朗読台本にした4章から成り、合間にはバンドの演奏が前面に出ますが、朗読もバンドだけのパートも鮮やかなためにどちらにも集中できないうらみがあります。

 この先は英語版ウィキペディアがオリジナル盤ライナーノートから抜粋・要約してなるべく簡潔にまとめましたので、それを訳しながら適宜補足説明を文中に交えます。
 ●ナット・ヘントフのライナーノートによると、ミンガスはこのアルバムに収録した4曲の選択理由をこう説明した。「おれが複雑な2曲を捨ててこの4曲を選んだのはおれがスイングしないと言う連中がいるからだ。だからおれはそうやってみた。このアルバムはおれが作った最初のブルース・レコードにもなるわけだ」
●曲目についての覚え書き
 以下に抜粋する曲目解説は、オリジナル・ライナーノートに掲載された、ミンガス自身の公式声明による。
「Haitian Fight Song (ハイチ人の戦闘の歌)」についてミンガスは言った「(前略)これは民俗音楽的な精神がある。おれが民族音楽に聴くのはいつもそういう要素なのだ。(中略)おれがこの曲でソロを取るには深い集中力がいる。 おれが正確に演奏するには偏見と迫害について考えないわけにはいかず、そこには常に不正がはびこる。そして悲しみと叫びがあるが、だからこそ決意があるのだ。 そしてそれはおれをいつもこんな気分にさせる……おれは言うんだ!おれに耳を貸すやつはいないか、と!」。
「Blue Cee (ブルー・シー、Ceeは当時のミンガス夫人Ceciliaの愛称)」は2つの調による標準的なブルースで、CとB♭からなる。「だがそれはあまり目立たないようになっていて、基本的にはCで終わる」とミンガスは言い、続けて「おれにはカウント・ベイシーのようにも聴こえるし、教会音楽のような感覚もあるね」。
「Reincarnation of a Lovebird(ボタンインコの生まれ変わり)」は、バード(チャーリー・パーカー)に捧げられて作曲された。「おれはバードのためにこれを書いたとは言えない。(中略)だが突然おれは、これがバードなんだとわかった。(中略)一見すると、これはバードには似ていない。 この曲は長いラインからできていて、そしてバードの曲の大半は短いラインでできていた。 だがこの曲がバードについておれが感じていたものだ。この曲を書きながらおれは泣きそうな気分になった」
「The Clown(道化師)」はある道化師について語った物語で、「彼は多くのジャズ・ミュージシャンと同じように客を喜ばせようとしたが、彼を好きになる客は彼が死ぬまで誰もいなかった。おれが考えた結末は道化師がステージで自分の脳みそをぶっ飛ばし、それを観た客が演出だと思って最後に大笑いする、というものだった。おれはジーンが変えてくれた結末の方が気に入ったので、リスナーにはそれを聴いてもらうことにした」

 以上が英語版ウィキペディアでライナーノート執筆のナット・ヘンホフがミンガスからの聞き書きとしてまとめた楽曲解説の、さらに抜粋ですが、ボックス・セット『Passion of A Man ; Charles Mingus The Complete Atlantic Recordings 1956-1961』(Atlantic/Rhino, 1997)の詳細なブックレットには当然もっと詳しい解説が載っています。たとえば「Reincarnation of a Lovebird」はミンガスによると構造自体は普通のAABA形式ですが、「長いライン」なのでAだけで70小節になるそうです。正確に聴きとりをしていませんが、この曲はテーマのメロディ・ラインから譜割りしていけばバラード・テンポになるはずで、たとえばギル・エヴァンスリー・コニッツのライヴ・アルバム『Heroes』1991(録音1980)、ギル・エヴァンススティーヴ・レイシーのエリントン&ミンガス曲集『Paris Blues』1987はどちらもピアノ(ギル・エヴァンス)とサックスとのデュオ・アルバムだからとも言えますが、バラード・テンポのままで演奏しています。ミンガスのオリジナル・ヴァージョンではバラード曲を倍テンポのリズム解釈で演奏しているから小節数が倍になるわけで、実際は32小節に部分的な1/2テンポがついて36小節換算になるのを倍にして70小節と言っているようです。この手の部分的なテンポ・チェンジは作曲も演奏も大変なのですが、その後もミンガスの作曲では「What Love」や「Orange Was the Colour of Her Dress, Then Blue Silk」などでくり返される手法で、この曲も含めてどれも名曲になっています。「Reincarnation of a Lovebird」では破壊的なイントロも聴きどころで、滅茶苦茶をやっているように聞こえますが実はパーカーのレパートリー「52nd Street Theme」のリズム・パターンだったりアルトサックスは「Embraceable You」のパーカーのアドリブ・コピーを吹いていたりと、メンバー同士は他のメンバーの演奏を理解してこのアンサンブルをやっているのがわかります。また『道化師』セッションで録音され本作未収録となった「複雑な」2曲「Passion of A Woman Loved」と「Tonight At Noon」は他のアルバム・セッションの未収録曲とともに拾遺アルバム『Tonight At Noon』1961にまとめられ、現行CDでは本作のボーナス・トラックとしても『Tonight At Noon』単体としても再発売されています。

 パーカー追悼の曲がサイド2では先に来てアルバム・タイトル曲「道化師」につながるのは、この曲の主人公の道化師はまさにパーカーのような破滅的ジャズマンのアレゴリーだからなのはミンガスの自作解説通りでしょう。サイド1はAAAA=32小節、という変型ワンコード・ブルースの「Haitian Fight Song」と、エリントンの「C Jam Blues」の改作とも言える「Blue Cee」の2曲からなるブルース・サイドだったから、サイド2はさしずめ「The Clown」サイドで、パーカーも亡くなって初めてかけがえのないジャズマンだったと認知されました。パーカーが34歳で急逝したのが1955年3月ですからこのアルバム録音時で満2年、アルバム発売もパーカーの急逝から2年半しか経っていません。このアルバムのピアノのウェイド・レグが参加したソニー・ロリンズのパーカー追悼盤に『Rollins Plays For Bird』があり、録音は56年10月ですが、本作の直前の1957年7月に発売されています。ミンガスはナレーション入りのジャズ・ワルツ「The Clown」を、設定や原案を全米人気MCのジーン・シェパードに渡してナレーションは即興で吹き込んでもらうことにし、シェパードは台本も自分で書ける人だったのでストレートすぎる原案の結末を書き直してきて朗読しました。ナレーションは4章あって第1章はついに幸福を手に入れた道化師の紹介、第2章は過去に遡ってかつて全然受けなかった日々、第3章は巡業先のアイオワ州ダビューク(Dubuque)でどん底のステージを経験したことが寸止めで描かれ、第4章は「ダビューク人のマネ」をネタに爆発的な全米1(ダビュークを除く)の人気道化師(ダビュークを除く)になるまでを描いて第1章の幸福な道化師につながる構成となっています。きっとアメリカ人には面白いんだろうと想像するしかありませんが、たぶんダビューク(Dubuque)という架空の地名が笑いのキモなのでしょう。しかしこれはジャズと朗読が乖離していて、「直立猿人」同様題材とプロットはライナーノートに書いておくだけにした方が良くはなかったかとも思われます。「直立猿人」も4部構成をイメージした楽曲でしたが、随所にいちいち朗読が入る曲にアレンジしていたら台無しだったはずで、後に「フォーバス知事の寓話(Fables of Faubus)」がヴォーカル・ヴァージョンとインスト・ヴァージョンの両方を使い分けた例もありますが、名盤『道化師』では力作のタイトル曲が逆に箸休め曲になった観があります。テンションの高い名曲が「Haitian Fight Song」「Reincarnation of a Lovebird」と各面にあるから、バランス的にはちょうどいいとも言えるし、アルバムの満足度が下がるようなことはありませんが、コンセプト・アルバムとしては『直立猿人』の成功におよびません。

 前作『直立猿人』ではジャッキー・マクリーン、J・R・モンテローズ、マル・ウォルドロンとその後名をなすプレイヤーが集まっていました。その点でも『道化師』は、ダニー・リッチモンドの初参加作以外にはメンバー面では地味で、アルトサックスのシャフティ・ハディ(イスラム名で、カーティス・ポーターの名義の場合あり)、白人トロンボーン奏者のジミー・ネッパー、ピアノのウェイド・レグと、特にレグは他にソニー・ロリンズの前記作、マクリーンの『Alto Madness』1957、他にはディジー・ガレスピーミルト・ジャクソン、ジジ・グライス&ドナルド・バードの「Jazz Lab」などに2枚ずつ参加している程度で、それでも参加作は50枚にはなりますが、1959年にはジャズ界を引退し、1963年に29歳で亡くなっています。このアルバム録音時には22歳で、『道化師』1枚でレグの名は残るでしょう。シャフティ・ハディは1957年のブルー・ノートの『Hank Mobley』以外にはミンガスの本作から始まって1959年の『Mingus Uh Um』までの5枚しか参加作がなく、1929年9月生まれですから存命なら90歳ですが消息そのものが不明になっています。ネッパーさんは晩年までミンガス作品でトロンボーンといえば指名があり、リーダー作も多数、スタン・ケントンからギル・エヴァンスサド・ジョーンズ&メル・ルイスらビッグバンドの仕事に恵まれ、マイケル・マントラー&カーラ・ブレイのジャズ・コンポーザーズ・オーケストラにも参加し、長い現役生活をまっとうして2003年に85歳の長寿で亡くなっていますから、本作唯一それなりに大成したメンバーです。シャフティ・ハディことカーティス・ポーターに話を戻すと、先代のジャッキー・マクリーン、『Mingus Uh Um』で加入してきてハディ脱退後のレギュラーになったジョン・ハンディ、ハンディをクビにして採用されたエリック・ドルフィードルフィーのピンチヒッターを勤めたチャーリー・マリアーノ(唯一の白人アルト)、ドルフィー没後にハンディが勤めたピンチヒッターを正式に継いだチャールズ・マクファーソンと、ミンガスのバンドの歴代アルトサックス奏者ではシャフティ・ハディがいちばん軽量級と言わざるをえません。「Haitian Fight Song」や「Reincarnation of a Lovebird」などこれだけ重厚な曲なのによく聴くとまるでポール・デスモンドのような音色で、それを言えばレグのピアノもブロック・コードのタイム感の良さはさすがミンガスが採用しただけあるが、ソロになると軽量級です。ネッパーさんはさすがですが、ダニー・リッチモンドも本作はドラマー・デビュー作(もともとテナー奏者でミンガスのオーディションを受け、ドラムスに転向させられた)だからか、こうして個々のメンバーの力量を見ると傑作になるとは思えません。それは後年の数々のアルバムにも言えることで、マイルス・デイヴィスアート・ブレイキーと違って一流とまではいかないプレイヤーが去来しているのに(しかもミンガスは70年代までずっとニューヨークのジャズ・クラブからは「難解で白人批判的なジャズだから」という理由で出演依頼もなく売り込みも断られており、ライヴ活動も行う完全なレギュラー・バンドではないのに)ミンガスのアルバムは常に高い水準を保ち続けました。メンバーを緊密な一体感に導く強いリーダーシップがありました。その点では、メンバーの力量が揃ったアルバムよりも、個々の力量はやや心細いくらいのアルバムの方がかえってミンガスの本領が発揮されているといえるかもしれません。画期的アルバム『直立猿人』よりも『道化師』の方が以降のミンガスの標準的作風を示す作品になったゆえんです。

(旧稿を改題・手直ししました)