ジャズ・エクスペリメンツ・オブ・チャールズ・ミンガス (Bethlehem, 1957)
チャールズ・ミンガス Charles Mingus - ジャズ・エクスペリメンツ・オブ・チャールズ・ミンガス The Jazz Experiments of Charles Mingus (Bethlehem, 1957) Full Album : https://www.youtube.com/playlist?list=OLAK5uy_kEXJXTBcbA2Luf16A_ORUX8PZhd-oLt_g
Recorded in New York, December 1954
Released by Bethlehem Records BCP-65, 1957
Original released by
Period Records SPL1107 & SPL1111 as "Jazzical Moods Vol. 1" & "Vol. 2", 1955
All compositions by Charles Mingus except as indicated
(Side A)
A1. What Is This Thing Called Love? (Cole Porter) - 8:14
A2. Minor Intrusion - 10:23
A3. Stormy Weather (Harold Arlen, Ted Koehler) - 3:21
(Side B)
B1. Four Hands (John LaPorta, Mingus) - 8:59
B2. Thrice Upon a Theme - 6:47
B3. The Spur of the Moment / Echonitus (LaPorta) - 8:43
[ Charles Mingus Jazz Workshop ]
Charles Mingus - bass, piano(A1, A2, B1)
John LaPorta - clarinet, alto saxophone
Thad Jones (credited on original issue as "Oliver King") - trumpet (tracks A1-3 & B3)
Teo Macero - tenor saxophone, baritone saxophone
Jackson Wiley - cello (tracks A1-3)
Clem DeRosa - drums, tambourine
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(Original Bethlehem "The Jazz Experiments of Charles Mingus" LP Liner Cover & Side A Label)
チャールズ・ミンガス(1922~1979)は没後にも'70年代ミンガス・バンドのメンバーによるジョージ・アダムス&ドン・プーレン・カルテットが存続していた1980年代末までは大きな存在感がありました。アダムス&プーレン・カルテットの事実上のリーダーは1957年以来ミンガスの専属ドラマーだったダニー・リッチモンドだったので、リッチモンド死去の1988年にカルテットは解散し、アダムス(テナーサックス)、プーレン(ピアノ)もまだ壮年のうちに世を去りました。現在でもミンガスはビ・バップ時代から'70年代までのモダン・ジャズを牽引した巨匠と認められていますが、特異なコンセプトを持っていたバンド・リーダーのベーシストだったためミンガス・バンド在籍者も軒並み鬼籍に入った現在ではプレイヤーにとってもリスナーにとっても取っつきにくい大物でもあります。ジャズ史上ミュージシャン=作曲・編曲家で質量ともに巨匠と呼ばれるのはデューク・エリントン、セロニアス・モンク、チャールズ・ミンガス、次いでオーネット・コールマンとミンガスは生前から高い評価を受けていましたが、エリントンやモンクのオリジナル曲やオーネットの手法が他のジャズマンのレパートリーに高い頻度で浸透したのと違って、ミンガスの曲はミンガスによるアレンジと切り離せない性格の強いものでした。また、ビッグバンド時代がすでに過去のものとなった時代のバンドリーダーとしては、ミンガスはサン・ラとフランク・ザッパをつなぐ位置にいますが、サン・ラのようにローカル・ミュージシャンとしてレギュラー・バンドを確保して鍛え上げるにはミンガスは商業的激戦区ニューヨークに進出しすぎていましたし、ザッパはミンガスの失敗やジョニー・オーティス楽団の成功例から学んだ堅実なバンド経営から出発することができたといえるバンドリーダーでした。
オーティス、ミンガス、ザッパはいずれもロサンゼルス出身者ですが、ミンガスは当時のジャズの趨勢から最前線で活動するためにはニューヨークに進出せざるを得ませんでした。ミンガスより8歳年長のサン・ラはニューヨーク、ロサンゼルスに次ぐ全米第三の大都市シカゴから'60年代初頭まで動かず、ニューヨーク・ロサンゼルスの二大都市中心のジャズの消長からはオルタナティヴな存在として独自の平行進化を遂げていた、全体像のつかみづらい大物バンドリーダーでした。しかしサン・ラやオーティス、ザッパが歴代メンバーの交替こそあれレギュラー・バンドを持ってライヴもレコーディングも盛んな活動をしていたのに対し、ようやくミンガスのライヴ活動が軌道に乗り、レギュラー・バンドを持てるようになったのは楽歴でも晩年に入った'70年代で、ジョージ・アダムスやドン・プーレンを迎えて安定した評価を獲得してからでした。晩年にも名作はありますが、音楽的にはミンガスの手札は'60年代のうちに出尽くしていました。ミンガスの音楽が初めて広く革新的ジャズとして迎えられ、一実力派ベーシストのみならず作曲家、バンドリーダーとしての実力を知らしめたのは1956年1月録音のアトランティック・レコーズへの第1作『直立猿人(Pithecanthoropus Erectus)』でした。1957年2月には『道化師(The Clown)』、7月に『ミンガス・スリー(Mingus Three)』(ジュビリー・レーベル)、7月と8月にかけて『メキシコの思い出(Tijuana Moods)』(RCA、1962年発表)、8月に『イースト・コースティング(East Coasting)』(ベツレヘム)、10月に『モダン・ジャズ・シンポジウム(A Modern Jazz Symposium)』(ベツレヘム)と、以降のミンガスはレコーディングごとにミュージシャンを招集しながら優れたアルバムを連発していくことになります。
初期ミンガスの楽歴を一望するには、2000年にまとめられた初期の自主制作シングル集『Baron Mingus - West Coast 1945–49』(Uptown、24曲収録)、2004年にまとめられた初期サイドマン参加作とリーダー録音のアンソロジー『The Young Rebels 1945-1953』(Proper, 4CD)、またニューヨーク進出後にマックス・ローチ(ドラムス)と共同経営したインディーズ・レーベル「デビュー」からリリースされたミンガス参加作アルバム16枚、シングル数枚、未発売アルバムも加えた『The Complete Debut Recordings 1951-1957』(Debut/Fantasy, 1990,12CD)で初期作品のうち主要なものはたどることができる。また、これらに収録されていない重要作には『ジャズ・コンポーザーズ・ワークショップ(Jazz Composers Workshop)』(サヴォイ、1954年10月録音)、『ジャジカル・ムーズVol. 1(Jazzical Moods Vol. 1)』『Vol. 2』(ピリオド、1954年12月録音、『ジャズ・エクスペリメンツ・オブ・チャールズ・ミンガス(The Jazz Experiments of Charles Mingus)』ベツレヘムにカップリング収録)、テディ・チャールズ・カルテット『エヴォルーション(Evolution)』(プレスティッジ、1955年1月録音)、『チャールズ・ミンガス/ウォリー・チリロ・カルテット(Charles Mingus / Wally Cirillo Quartet)』(サヴォイ、1955年1月、12インチ再発盤『ジャズ・コンポーザーズ・ワークショップ』にカップリング収録)、ラルフ・シャロン・セクステット『イージー・ジャズ(Easy Jazz)』(ロンドン、1955年5月録音)があります。
ミンガスとローチ主宰のデビュー・レコーズの最終録音分に当たる1957年分はジミー・ネッパー(トロンボーン)、シャフティ・ハディ(カーティス・ポーター、テナーサックス)のお蔵入りレコーディングで、デビュー・レコーズは実質的には1955年いっぱいで活動を停止しています。『直立猿人』が翌1956年1月録音なのはミンガス自身も勝負をかけていたのが推察されますが、それ以前の膨大な初期10年間の録音のうち、ベーシストとして出世作となったレッド・ノーヴォ・トリオの『ムーヴ!(Move!)』1950以外のミンガス自身によるシングル、アルバム群は1954年10月録音の『ジャズ・コンポーザーズ・ワークショップ』までは失敗作の山と言えるものです。ロサンゼルス時代の『バロン・ミンガス』もニューヨーク進出後のデビュー・レコーズの録音も、ミンガスは作・編曲家やプレイヤーで関わった作品ではレーベル社主としてプロデューサーも兼任しています。ですが他人名義のアルバムはおろかミンガス本人のシングル、アルバムもサヴォイの『ジャズ・コンポーザーズ・ワークショップ』、デビュー・レーベル作品ではかろうじてサド・ジョーンズ・カルテット『ジャズ・コレクション(Jazz Collections)』(55年3月録音)、マイルス・デイヴィス『ブルー・ヘイズ(Blue Haze)』(55年7月録音、ただし実質テディ・チャールズとミンガスの共同リーダー作)くらいしかミンガスの手法の確立を感じさせるアルバムはありません。
ようやくミンガスの音楽がデビュー・レコーズで全面的な成功をおさめたのは、『ミンガス・アット・ザ・ボヘミア(Mingus At The Bohemia)』と『チャールズ・ミンガス・クインテット・プラス・マックス・ローチ(The Charles Mingus Quintet with Max Roach)』の2枚に分散収録された1955年12月、カフェ・ボヘミアでのライヴ録音でした。12枚組CD『コンプリート・デビュー・レコーディングス』ではやっとディスク9の5曲目からようやくカフェ・ボヘミアが始まるので、実に何というか、苦楽をともにしてきた気になります。ミンガスとローチのデビュー・レコーズは予定していた実験的なジャズばかりで売れないので、1953年5月15日にカナダのトロントで行われたディジー・ガレスピー、チャーリー・パーカー、バド・パウエル、ミンガス、ローチというビバップ・オールスターズのライヴ録音『ジャズ・アット・マッセイ・ホール(Jazz At Massey Hall)』をリリースし、インディー・レコード作品では異例のヒット作になりました。セールス面では『ジャズ・アット・マッセイ・ホール』だけで持っていたレーベルだった上、マックス・ローチは1954年にロサンゼルスでクリフォード・ブラウン=マックス・ローチ・クインテットを立ち上げて一躍トップ・グループの座に立ちます。ですから『アット・ザ・ボヘミア』はようやくミンガスがデビュー・レコーズでの活動で満足できる成果を上げ、レーベルとしての役割を終えたと納得のいくアルバムになったでしょう。サヴォイやピリオド(ベツレヘム)で1年早く成果を出していたものの、ライヴ盤の二部作で本格的な成功作と言えるものをデビューからリリースしたのはレーベル社主としても念願だったはずです。
ベツレヘム・レーベルからのアルバム『ザ・ジャズ・エクスペリメンツ・オブ・チャールズ・ミンガス』はLPレコードが12インチLP時代に入ってからの1957年リリースで、もともと1954年12月に録音され10インチLPと12インチLP過渡期の1955年にピリオド・レコーズからリリースされた10インチLP『ジャジカル・ムーズ』Vol. 1、Vol. 2の2枚に分けて発売されたものでした。収録時間の都合でVol. 1から「Abstractions」が割愛され、Vol. 2の「Echonitus」が「The Spur of the Moment」とのメドレー編集されています。10月録音の『ジャズ・コンポーザーズ・ワークショップ』は『直立猿人』で達成されるミンガス音楽のアイディアの萌芽が見られるアルバムでしたが、『エクスペリメンツ』ではさらに直接『直立猿人』とそれ以降のミンガスの音楽の下敷きになる作風になっています。冒頭のスタンダード「What Is This Thing Called Love?」で同曲の改作「Hot House」(タッド・ダメロン作)と、曲想が類似する「Woody'n' You」(ディジー・ガレスピー作)の3曲を平行演奏する手法は後のミンガス作品に頻繁に用いられます。ブルース・フォームで始まる「Minor Intrusion」はミンガスがピアノにまわり、チェロがベース・ラインを弾く辺りからはっきりと『直立猿人』タイトル曲の原型が現れます。「Stormy Weather」ではピアノレス、4管、チェロ入りという異様な編成を生かした対位法的アレンジが聴けます。
A面3曲は『ジャジカル・ムーズVol. 1』からでチェロ入りでしたが、B面はチェロが抜けてピアノはベースを先に録音したミンガス自身のオーヴァーダビングになります。従来のビ・バップとも、当時全盛に向かっていたハードバップ・スタイルとも決定的に異なるのは、コレクティヴ・インプロヴィゼーション(集団同時即興)によるサウンドの塊によって標題音楽的な具体的イメージを持つ、結果的にはエドガー・ヴァレーズの流派に近い表現主義系統の現代音楽的な響きを持つ非バップ的なジャズになったことでしょう。B1「Four Hands」はタイトル通りミンガスのピアノのオーヴァーダビングをフィーチャーした曲で、続く「Thrice Upon a Theme」ともどもトランペットは抜けます。「Thrice Upon a Theme」は構成のわかりづらい曲でピアノレスのまま進みますが、Aメロは後の「Reincarnation of a Lovebird」(『道化師』収録)に、中間部は『直立猿人』タイトル曲に流用されるモチーフが聴けます。「The Spur of the Moment」ではトランペットが戻り、ピアノレスによる同時即興4管アンサンブルの興味で引っ張る曲で、アルバム全6曲中ミンガスがピアノを兼任する曲は3曲ですが、A面2曲でチェロがベースラインにまわるアンサンブルには異様なサウンド・バランスが面白さになっています。本作の時点で以降のミンガスの音楽に顕れる特徴はほぼ揃っているのですが、本作を含む1954年いっぱいまでのミンガス作品は一般的なジャズのイメージからは現代音楽とジャズの折衷くさい生硬な実験性の方が強く感じられるので、さらにミンガスが『直立猿人』に到達するには『アット・カフェ・ボヘミア』『チャズ!』二部作というステップが必要でした。そこでは『直立猿人』直前のライヴ版『直立猿人』と呼んでいい、これまでのミンガスの最高傑作となった躍動的なライヴをLP2枚に渡って聴くことができます。ミンガスの黄金時代は1956年録音作品から始まるので、それからの名作『直立猿人』『道化師』『メキシコの思い出』などを飽きるほど聴いたあとには、その直前の1954年~1955年作品がかえって新鮮に聴こえます。
(旧稿を改題・手直ししました)