人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

裸のラリーズ Les Rallizes Denudes - フランス・デモ・テープス France demo tapes (Bamboo, 2016)

裸のラリーズ - フランス・デモ・テープス (Bamboo, 2016)

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裸のラリーズ Les Rallizes Denudes - フランス・デモ・テープス France demo tapes (Bamboo, 2016) : https://youtube.com/playlist?list=OLAK5uy_muJJRJpbZHcqksZJwy7HdxR3XS2NBvsf4
Recorded Live at 渋谷・屋根裏, March 23, 1983 (probably)
Originally Compilation Released include in Illegal-Alien Records 10 CD-R "Studio & Soundboard", IAL03, 2004 & Youth Inc. 2CD "The Archives Of Dizastar Sources Vol.5", YOUTH-152, 22012
Original Single-Album "France demo tapes" Released by Seidr Records SEIDR 027(CD-R), 2007
Reissued by Not on Label LP & CD, 2012, Bamboo Records BAMLP7017(LP), BAMCD7017(CD), 2016 & Take It Acid Is Records LSD69009(LP), 2020
All Songs written by 水谷孝
(Side 1)
A1. 夜より深く Strung Out Deeper Than The Night - 6:25
A2. The Last One - 22:04
(Side 2)
B1. 残酷な愛 An Awful Eternity (Cruel Love) - 17:46

[ 裸のラリーズ Les Rallizes Denudes ]

水谷孝 - guitars, vocal
藤井アキラ - rhythm guitar (probably)
Doronco - bass (probably)
野間幸道 - drums (probably)

(Reissued Bamboo "France Demo Tapes" CD Liner Cover & CD Label)
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 1967年に京都で結成されたロック・バンド、裸のラリーズは、1998年の活動停止までの30年間あまりに公式録音を、いずれも自主制作・限定版のオムニバス・アルバム片面(2LP『OZ DAYS LIVE』1973年8月)、フルアルバム3作(『'67-'69 STUDIO et LIVE』『MIZUTANI/Les Rallizes Denudes(1970-1973)』『'77 LIVE(2CD)』のCD3作を1991年8月15日に同時発売)、アート雑誌の付録シングル1枚(1996年9月)、ヒストリー・ヴィデオ1作(1992年9月)しか残していません。その代わりにほとんどのライヴやスタジオ・セッションをバンド自身やファンが録音していた音源が流出して出回り、120タイトル以上のバンド非公認アルバムが国内外でリリースされており、英語版ウィキペディアや欧米諸国の音楽サイトにおいても、もっとも詳細な項目が設けられている日本のロック・バンドとなっています。この『フランス・デモ・テープス(France demo tapes)』も日本で発掘リリースされたバンド非公認のボックス・セットからイギリスで単独アルバムとして発売されたものです。ラリーズのリーダー、水谷孝氏は30年におよぶライヴやスタジオ・セッション、1991年の時点で約500時間分をすべて録音してあったと言われ、関係者を通してその相当分が流出しているので、限定版のみでリリースされた公式アルバムよりも非公認アルバム(ブートレッグ)の方が広く出回っている状態です。この『France demo tapes』は、2016年にイギリスで再発売されたBamboo Records盤LP、CDでは英文解説に加えて日本語訳解説もインサートに記載されており、現在の欧米でのラリーズ評価が反映された解説ですので、アルバム解説にはそれを引用するのがいいでしょう。

「これはひょっとすると限界を超えた史上最高の忘我サイケデリック・ノイズ・ギターの名盤かもしれない。しかるべく謎に包まれた詳細不明の超限定版LP――オフセット印刷のスリーブジャケットには珍しくサングラスをしていない水谷がフィーチャーされ、インサートには不可思議な海辺のカラースナップショットのみ。空前絶後のジャパニーズ・アンダーグウンド・ロックバンド「裸のラリーズ(Les Rallizes Denudes)」による、轟音に歪む愚にもつかぬほど引き伸ばされた2つの楽曲。これまでは、トラックの配列や音源が異なることもある怪しげなCD-Rだけが「フランス・デモテープ」という謎めいたタイトルで出回っていた。演奏は常に1980年代後半のものとされてきた(録音が実際フランスで行われたのかどうかはさておき)が、1983年3月23日に東京で行われたパフォーマンスでまず間違いないだろう。かの幾多の噂に彩られたセッションを巡り膨れ上がった期待に、この見事なまでに途方もないLPがこたえてみせる。「フランス・デモテープ」の両面にまたがる珠玉のヴァージョン。壮大なまでにデフォルメされた2篇の名曲「夜、暗殺者の夜」そして「The Last One」。これは、ラリーズのエンジニアの手によって流出した「Dizastar音源」の一部で「フランス・デモテープ」として知られるトラックの焼き直しではなく、これらのセッションのロング・テイクのようである。」
「「夜、暗殺者の夜」は、ねっとりと引き摺るように遅く重く、水谷はまるでギターというよりは火炎放射器でも操っているかのようだ。耳をつんざくような高音のフィードバックとBonehead張りの極太ファズで他のメンバーをじりじりと焦がす。レコード丸々片面分の長さの「The Last One」は、おそらくラリーズの最高の瞬間で、サイケデリックノイズギターの暴力性を遥かに超えた一曲だ。水谷のプレイはブルドーザーのように攻撃的である。「光束夜」の一枚目のアルバムの金子寿徳のように、容赦のないノイズで重い血まみれのコードを刻んだのち、晦渋さをものともしない即興法で終わりの見えないファズギターソロに突入する。撓むような音の歪みに空気を切り裂くように軋む高音は、高柳昌行や「I Heard Her Call My Name」あたりのルー・リードを超えたどこかにある。」
「こんな音は聴いたことがない。この水谷を聴くと、荒涼たる宇宙に唯一存在するロックのように思えてくる。もし生涯に一枚だけエレキギターのアルバムを手にするとしたら……。」
「諸氏のアルバムコレクションに「超六弦セクション」の一部として、『Sweet Sister Ray』『Call In Question』『Clear To Wonder Time』『Stained Angel Morning』『Pathetique』『Monkey Pockie Boo』の隣に加えてみてはいかがか。」
(デイヴィッド・キーナン from Volcanic Tongue)

「Volcanic Tongue」はイギリスのグラスゴーの老舗レコード店だそうで、デイヴィッド・キーナン氏はその支配人のようです。文中に出てくる「I Heard Her Call My Name」はルー・リードの在籍したヴェルヴェット・アンダーグラウンド1968年のセカンド・アルバム『White Light / White Heat』収録曲ですが、「超六弦セクション」(スーパー・ギター・アルバムという意味でしょう)に本作と並ぶアルバムとして上げられている作品は、
『Sweet Sister Ray』(ヴェルヴェット・アンダーグラウンド海賊盤・1968年ライヴ録音)
『Call In Question』(高柳昌行New Direction、1994年・1970年録音)
『Clear To Wonder Time』(不詳)
『Stained Angel Morning』(レイ・ラッセル、1973年)
『Pathetique』(Basic House、2017年)
『Monkey Pockie Boo』(ソニー・シャーロック、1970年)
 と、いずれも一癖も二癖もあるアルバムばかりです。うち『Clear To Wonder Time』と『Pathetique』はアーティストがわからず、『Pathetique』(当然チャイコフスキー交響曲『悲愴』ではないでしょう)は2017年にカセット・テープでのみ発売されたBasic Houseの作品のようですが、Bamboo盤の『France Demo Tapes』は2016年リリースなので、キーナン氏が発売前にBasic Houseからデモテープを入手していたか、あるいは別のアルバムかもしれません。『Clear To Wonder Time』は非公式盤(海賊盤)や自主制作盤まで含む各種の総合音楽サイトを調べてもわかりませんでした。

 またキーナン氏の解説には曲目の勘違いがあり、ラリーズの代表曲「夜、暗殺者の夜」は本作には収録されていません。本作が2007年にSeidr RecordsからCD-R発売された時に、「夜、暗殺者の夜」と同一のリフによる「夜より深く」が「夜、暗殺者の夜」と間違ってクレジットされて収録されていたため、キーナン氏の評は「夜より深く」を「夜、暗殺者の夜」と混同したものと思われます。またBamboo盤では「夜より深く」が短縮ヴァージョンで収録され、代わりに18分近い「残酷な愛」が追加収録されているので、キーナン氏の評はSeidr Records版『France demo tapes』への評であり、それがそのままBamboo版の解説に転用されたものと思われます。「残酷な愛」はラリーズの定番ブートレッグ『Blind Baby Has Its Mothers Eyes』に「Blind Baby Has Its Mothers Eyes」(「氷の炎」の'83年版ヴァージョン)、'77年録音の「The Last One」(公式アルバム『'77 LIVE』収録の28分近いテイクを20分に短縮)とともに収録されていた'80年代ラリーズの数少ない新曲のひとつであり、Bamboo版の『France demo tapes』は『Blind Baby Its His Mothers Eyes』からタイトル曲を'83年版「夜より深く」と差し替え、「The Last One」を「夜より深く」「残酷な愛」と同日のライヴ・テイクに差し替えた選曲と見なせます。2003年に初リリースされた『Blind Baby Has Its Mothers Eyes』はイギリスのミュージシャン・音楽批評家、ジュリアン・コープが日本の'50年代~'70年代ロックの研究書『ジャップロックサンプラー』(2007年、翻訳あり)の巻末のジャップロック・アルバム・トップ50選で12位に上げ、やはりコープが3位に上げた『Heavear Than A Death In The Family』(2CDの公式アルバム『'77 Live』から長大な「記憶は遠い」「The Last One」を除き、'73年録音の公式アルバム未収録曲「造花の荒野」のライヴ・テイクを加えて1CDに再編集した1995年初リリースのブートレッグ)とともに、欧米ではもっとも広く流布されているラリーズのアルバムです。Bamboo Recordsの親会社Phoenix Recordsは早くからその2作をイギリスでリリースしてロングセラーにしています。

 そうしたまぎらわしい内容の本作がなぜ何回も異なる会社から再リリースされているかというと、ラリーズ側、水谷孝氏自身がブートレッグの流通を黙認しているからですが、本作は2004年の10CDボックス『Studio & Soundboard』に収められて流出して以来人気のある音源であり、以降単体アルバム『France demo tapes』としてCD、LPでロングセラーになっています。ラリーズは30年におよぶ活動の割に極端にレパートリーの少ないバンドで、約20曲ほどが年代ごとにアレンジを変えて演奏されていました。水谷孝以外のメンバーは流動的だったのと、2時間のライヴでも10曲に満たないくらい1曲の演奏時間が長かったからでもあります。本作収録の3曲もいずれもフェイドアウト編集で、比較的短い「夜より深く」も実際は16分近い演奏時間から抜粋されています。裸のラリーズを聴くリスナーは同一曲でも異なる日のライヴ・テイクなら別物と見なすので、ラリーズの音楽自体は8ビートのロックンロールばかりですが、極端に長いギター・インプロヴィゼーションが行われているために楽曲は即興演奏のための入れ物になっており、リスナーの楽しみ方はビ・バップ以降のモダン・ジャズ~フリー・ジャズに近いのです。キーナン氏が前記の解説で比較しているのも、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドを除けばフリー・ジャズや実験的即興音楽のアルバムばかりです。流通している裸のラリーズの非公式アルバム120枚あまりは、20曲ほどのレパートリーがさまざまなスタジオ・セッション、ライヴ録音で埋めつくされている、他のバンドに類を見ないものです。ジミ・ヘンドリックスが現存するほとんどのライヴ録音がファンに求められているように、ラリーズもまた異なるライヴ・テイクであれば聴きたいという熱烈なファンを持っているのです。ラリーズは1991年に公式アルバム3作を同時限定発売したあと1998年の活動休止まで10回程度しかライヴを行っておらず、今後再活動はほとんど望めないと思われるので、流出・発掘された過去のライヴ音源、数少ない未発表スタジオ音源が手を変え品を変え再リリースされているのが現状です。

 なお本作は4人編成のライヴ音源なのに、リズムギターリードギターの2ギター以外のギターがドローン状に鳴っているのが聴こえるのはオーヴァーダビングではなく、オープンチューニングのギター2、3本をアンプの前に立てかけてフィードバック音を鳴らしっぱなしにしてエフェクターペダルで操作している脅威的な複数ギター同時奏法です。これも水谷氏と、水谷氏の盟友・灰野敬二(「ロスト・アラーフ」「不失者」)氏くらいしか行っているギタリストはいないでしょう。灰野敬二は完全なフリー・インプロヴィゼーション=無調性音楽のギタリスト・ヴォーカリストですが、裸のラリーズの場合は1コードや2コードのリフ、せいぜい3~4コードの循環ばかりのロックンロールで、調性音楽のフォーマットでこのフィードバック・ノイズにまみれた演奏をしているところが「究極のサイケデリック・ロック」として欧米諸国の熱烈なリスナーを生んでいます。デイヴィッド・キーナン氏の「この水谷を聴くと、荒涼たる宇宙に唯一存在するロックのように思えてくる」という評言ほど激賞を極めた評価はないでしょう。ラリーズフラワー・トラベリン・バンドと並ぶ日本のロックの最重要バンドとするジュリアン・コープの『ジャップロックサンプラー』を読むと、コープ主宰で世界中のアンダーグラウンド・ロックのレア映像を集めた上映会を開いて最初に裸のラリーズのライヴ映像を上映したところ、観客の大半はラリーズのライヴ映像だけ観て満足して帰ってしまったといいます。「彼らはまっすぐ帰宅してラリーズのライヴ盤コレクションを聴き返したのだろう」と、ラリーズ再評価の先鋒になったコープ自身ですら裸のラリーズの突出した人気に驚嘆したそうです。アルバム1枚45分でたった3曲のこの『France demo tapes』はひたすら水谷孝の鳴らすフィードバック・ギターのノイズにどっぷり浸るにはもっとも適したアルバムで、公式アルバム中の代表作とされる『'77 LIVE』よりも格段に一本調子なだけリスナーの欲求にストレートに応えてくれるのが人気の理由でしょう。ジャケットのぶっ飛んだ目の水谷孝ポートレート、ダッチドールのようなCDレーベルも強烈です。裏ジャケットに「Digitally Remasterd」とあるのにこの凄まじい音質は何事かと呆れる方もいらっしゃるかもしれませんが、一度だけ裸のラリーズのライヴを観たことがある(『ロック画報25/特集・裸のラリーズ』2006年10月刊のライヴ年表によると1981年11月6日、法政大学学館大ホールのイヴェント)筆者の経験では、この『France demo tapes』を密閉型ヘッドホンで、または浴室で鼓膜が破れる限界まで大音量で聴くのと同じような壮絶な轟音がラリーズのライヴでした。全身黒づくめの4人が登場してきて「……ラリーズだ……」と観客の囁き声が起こりました。突然MCもなく演奏が始まり、1曲終わっても拍手一つ起こらないほど観客は金縛りにあっていました。1973年の自主制作オムニバス盤『OZ DAYS LIVE』など当然当時は聴くべくもありませんでしたし、出演時間1時間で演奏曲は3、4曲だったと思いますがあまりの轟音に曲の区別もつきませんでした。ラリーズが当時レコード発売もしていない日本のロック最長寿の伝説的バンドだという知識は「ミュージック・マガジン」あたりで知っていましたし、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドやジャックスのアルバムはすでに聴いていましたが、生演奏で聴く未知のラリーズは想像を絶していました。この『France demo tapes』はラリーズの最高傑作とは言えないでしょうし、そもそも演奏に作品性を求めていない裸のラリーズのようなバンドには、公式アルバム・非公式アルバムを通して通常の意味での代表作もなければ最高傑作もないでしょう。通りすがりのアルバムとしてふと事故のように遭遇して、人によっては厄災にしかならない音楽です。「荒涼たる宇宙に唯一存在するロックのように思えてくる」という絶大な激賞もあれば、これを単なる雑音として一顧だにしない酷評まで、本作ほど毀誉褒貶分かれるアルバムはないでしょう。しかも、ラリーズのアルバムは公式・非公式すべて、本質的には本作と変わりはないのです。f:id:hawkrose:20210117091443j:plain