人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

ブッカー・アーヴィン Booker Ervin - ザ・トランス The Trance (Prestige, 1967)

ブッカー・アーヴィン - ザ・トランス (Prestige, 1967)

f:id:hawkrose:20210117090547j:plain
ブッカー・アーヴィン Booker Ervin - ザ・トランス The Trance (Prestige, 1967) Full Album
Recorded in Munich, Germany on October 27, 1965
Released by Prestige Records Prestige 7455, 1967
Produced by Don Schlitten
All compositions by Booker Ervin except as indicated
(Side 1)
A1. The Trance : https://youtu.be/i59v_0x5a_0 - 19:39
(Side 2)
B1. Speak Low (Ogden Nash, Kurt Weill) : https://youtu.be/aqNaFhUa8j8 - 15:09
B2. Groovin' at the Jamboree : https://youtu.be/xYxWv1UwfRs - 6:38
Total Time : 41:24

[ Personnel ]

Booker Ervin - tenor saxophone
Jaki Byard - piano
Reggie Workman - bass
Alan Dawson - drums

(Original Prestige "The Trance" LP Liner Cover & Side 1 Label)
f:id:hawkrose:20210117090624j:plain
f:id:hawkrose:20210117090700j:plain
 好きなテナーサックス奏者にブッカー・アーヴィン(1930-1970)を上げる方はつくずくジャズの旨味が分かっていらっしゃる人という気がします。'50年代初頭からジャズ界で名を上げていたソニー・ロリンズハンク・モブレーと同年生まれながらR&B畑から30歳近くになってジャズに進んだ遅咲きだったため、決して二流ではないのに一流というには気がひけるテキサス出身のテナー奏者のアーヴィンは、'50年代末~'60年代のアメリカの黒人ジャズではハード・バップ~ポスト・バップとフリー・ジャズに両足をかけたジャズマンでした。その点でエリック・ドルフィーブッカー・リトルローランド・カークやブルー・ノートの新主流派ジャズマン(ウェイン・ショーター、フレディー・ハバード、ハービー・ハンコックら)と近い位置にいましたが、アーヴィンのスタイルはブルースとR&Bがルーツだったため自然にフリーに接近したもので、同様にテキサスのR&B界からジャズに進出して一気にフリー・ジャズの創世者に上り詰めた同年生まれのオーネット・コールマンほど大胆ではなく、またドルフィーやカーク、ショーターほど規格外の音楽的発想はなく、ブルース色の強さがアーヴィンの演奏を異色な存在にしてもいれば、同時に限界も感じさせるものでした。アーヴィンをジャズ界で第一線のテナー奏者に知らしめたはチャールズ・ミンガスのバンドへの加入で、ミンガスのバンドでは、

◎Jazz Portraits: Mingus in Wonderland (United Artists, 1959)
◎Mingus Ah Um (Columbia, 1959)
◎Mingus Dynasty (Columbia, 1959)
◎Blues & Roots (Atlantic, 1959)
◎Mingus (Candid, 1960)
◎Mingus at Antibes (Atlantic, 1960 / released in 1976)
◎Reincarnation of a Lovebird (Candid, 1960)
◎Oh Yeah (Atlantic, 1961)
◎Tonight at Noon (Atlantic, 1957-61 / released in 1965)
◎Mingus Mingus Mingus Mingus Mingus (Impulse!, 1963)

 などの名盤に参加し、アルバムの成功に貢献しています。当時の黒人ジャズ界にあって突出した名門バンドは、不動のメンバーのモダン・ジャズ・カルテット(MJQ)を別格とすれば、アート・ブレイキージャズ・メッセンジャーズマイルス・デイヴィスクインテットチャールズ・ミンガス・ジャズ・ワークショップ、マックス・ローチクインテットホレス・シルヴァークインテットが上がります。ジャッキー・マクリーンはマイルス~ジャズ・メッセンジャーズ~ミンガスと所属バンドを移り、ソニー・ロリンズはマイルス~ローチ、ハンク・モブレーはローチ~シルヴァー・メッセンジャーズ~マイルスと、これらのトップ・バンドの中でメンバーが移り変わっていました。MJQと並んでメンバー・チェンジの少なかったシルヴァー・クインテットを除けばミンガスのバンド・メンバーの人選は独特で、マクリーンとクリフォード・ジョーダン(ローチ~ミンガス)を例外とすればミンガスのバンド・メンバーは個性的すぎて他のバンドにはめったに勧誘されませんでした。『Jazz Portraits: Mingus in Wonderland』『Mingus Ah Um』『Mingus Dynasty』でアーヴィンとともにフロントを勤めたカーティス・ポーター(アルトサックス)もレギュラー参加はミンガスのバンドだけにとどまっています。J・R・モンテローズやエリック・ドルフィーを始めとしてミンガスのバンドのフロントマンはまずマイルスのバンドからは声がかからないようなサックス奏者ばかりでした。ミンガス・バンドの歴代サックス奏者に渋い人気があるのもその強い個性ゆえで、どんなにメンバー・チェンジしてもメッセンジャーズやマイルスからは絶対声がかからなかったであろうブッカー・アーヴィンも、一度その魅力を感じれば全部聴きたくなる、個性に溢れたテナー奏者でした。

 アーヴィンの演奏はブルース色とスウィング感に溢れ、ハード・バップというにはやり過ぎで、フリー・ジャズというにはオーソドックスすぎるものでした。アーヴィン自身が「Down Beat」誌のブラインド・フォールド・テスト(レコード当てクイズ)のインタビューで、アルバート・アイラーの最新作を聴かされて「どのアルバムかわからないけれどアイラーだね。でもこの演奏は好きになれない。アイラーの『Spirits』は良いアルバムで、ちゃんとフォーマットがあった。しかし今のアイラーのフォーマットのない演奏は好きにはなれない」と答えているように、基本的にはビ・バップの演奏フォーマットに忠実な人でした。しかしアーヴィン自身の演奏もフォーマットさえ守れば何でもありで延々アドリブを続けてしまうので、このアルバム『The Trance』では42分ほどの収録時間にA面が20分弱1曲、B面が15分のB1、7分弱のB2と吹いても吹いても止まらない演奏が聴かれます。しかもミュンヘンで本作が録音された1965年10月27日にはアーヴィン、ジャッキー・バイヤード(ピアノ)、レジー・ワークマン(ベース)、アラン・ドウソン(ドラムス)の本作と同じメンバーに先輩テナー奏者デクスター・ゴードンを迎えた2サックスでAB面とも20分あまりにおよぶ各1曲のアルバム『Setting The Pace』も録音されており、1日のセッションでアルバム2枚を完成させているほどです。アーヴィンは1965年にはアメリカ本国のジャズ不況からヨーロッパに渡り、やはりヨーロッパに活動を移していたジャッキー・バイヤード・トリオとデクスター・ゴードンとともにこの日のセッションを行いましたが、アーヴィンの余命はあと5年に迫っていました。チャールズ・ミンガスのバンドで名を上げたジャッキー・バイヤード・トリオはアーヴィンのもっとも好んだリズム・セクションで、かつてのベーシストはリチャード・デイヴィスでしたが1963年の名盤『The Freedom Book』以来のアルバム・タイトル通りリスナーをトランス状態に引きこむような快演が聴かれます。アルバム中唯一のスタンダード曲「Speak Low」はCandidoからのアルバム『That's It !』でもワンホーンで7分にもおよぶテイクを録音していますが、ここでは倍以上の長さです。バイヤード・トリオとの名盤『Freedom Book』はローランド・カークが羨望し、ドラムスがエルヴィン・ジョーンズに変わってカーク+バイヤード・トリオの名盤『Rip, Rig & The Panic』1965が作られたほどですが、バイヤード・トリオのキーマンは「歩くジャズ・ピアノ史」バイヤードもさることながらアラン・ドウソンのシャープなドラムスでした。エルヴィンはジョン・コルトレーン・カルテットを支えたグレートなポリリズム・ドラマーですが、アーヴィンやカークのような乗り乗りのテナー奏者にはストレートな推進力に富んだドウソンのドラムスの方が合っているのです。アーヴィンのプレイはやたら饒舌な割に同じ音型の反復や単なるスケールの昇降が多く、そこらへんのアイディアの単調さもロリンズ、モブレー、ドルフィー、オーネット、カークら一流プレイヤーと比較すると見劣りするのですが、あまり豊富とは言えないアドリブのアイディアでとにかく乗りまくるアーヴィンの演奏が本作では不足感を感じさせないのも、バイヤード、ワークマン、ドウソンのシャープなピアノ・トリオとの相性のおかげです。また技術先進国・西ドイツ録音という環境もこの録音をアメリカ本国録音よりも緊迫感のある音質でとらえています。アーヴィンのアルバムはどれもいいですが、本作はもっとも大胆なプレイが最上の録音で聴ける逸品にして異色作です。アーヴィンのアルバムは10年間で17作(うち共同リーダー作3作)、他に発掘ライヴもありますが、公式リリースのスタジオ盤を録音年順にリストにしておきます。前記のミンガス・バンドへの参加作、またミンガス・バンドでの同僚ホレス・パーラン(ピアノ)への参加作を含めて、どれもダサさすれすれのアーヴィンの魅力満開のアルバムばかりです。

[ Booker Ervin Leader Album Discography]
1960: The Book Cooks (Bethlehem)
1960: Cookin' (Savoy)
1961: That's It ! (Candid)
1963: Exultation ! (Prestige)
1963: Gumbo ! (Prestige) with Pony Poindexter
1963: The Freedom Book (Prestige)
1964: The Song Book (Prestige)
1964: The Blues Book (Prestige)
1964: The Space Book (Prestige)
1965: Groovin' High (Prestige)
1965: The Trance (Prestige)
1965: Setting the Pace (Prestige) with Dexter Gordon
1966: Heavy !!! (Prestige)
1966: Structurally Sound (Pacific Jazz)
1967: Booker 'n' Brass (Pacific Jazz)
1968: The In Between (Blue Note)
1968: Tex Book Tenor (Blue Note)
Back from the Gig (1964–68 / released in 1976) – compiling previously unreleased sessions which were later issued as Horace Parlan's Happy Frame of Mind in 1988 and Ervin's Tex Book Tenor in 2005.