人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

出会い(訪問者)

ストレートでいいんだ、とやっと気づいた。ぼくに「出会い」というテーマをリクエストしてくれたあなたとはもう出会っている。ライター時代にはこんなに読者と向き合っている感覚はなかった。10万部、20万部の雑誌に書くことは文章をお金にすることだった。
萩原朔太郎のエッセイに、初めての国勢調査のエピソードがある。「ご職業は詩人でよろしいですか?」「無職」朔太郎は自分の著書はすべて自費出版、商業雑誌からの依頼はこづかい程度、親の遺産で生活している、そもそも詩人というのは職業ではなく生き方であることを説いた。「では著作業ということでよろしいですか」「よろしい」(笑)。西脇順三朗はボードレールは詩よりもエッセイに詩を感じると言ったが朔太郎もなかなかだ。感覚が常識はずれなのに自分で気づいていないから大真面目に書くほどにユーモアと悲しみが生じる。山村暮鳥大手拓次には警戒し室生犀星には甘え、辻潤伊東静雄には惚れ込んだ。
ぼくは精神障害者だから解る。シゾイド・パーソナリティ障害。しかし精神医学の話は今回はよそう。
なんで「出会い」から萩原朔太郎になったのか?お恥ずかしい話だがぼくは女の子には文庫本の朔太郎詩集をプレゼントするのが常だった(ボードレールは難解)。電話やメールで短かく「詩集の「山に登る」を読んで。ぼくの気持だ」彼女は読む。とどめの1行「おれは今でも、お前の事を思っているのだ」これで落とした。
あなたは自分に自信が持てないのがこれまでのメッセージで判る。「出会い」というリクエストも余り親しくない人たちとの親睦会を控えて、という前置きを踏まえてだった。シナリオの勉強をしているけれど構成力がない、社交性もない…ぼくはあなたがとても愛しくなった。ブログを始めて2週間だが訪問者は毎日増えてほとんどがリピーターになってくれている。これも「出会い」だろう。ぼくの記事は愛欲と精神障害ばかりでコメントがない。あなたはメッセージをくれて、ぼくはあなたにメッセージを記事に引用していいですか?と返信した。「はい。」と返信が来た。「言霊が躍り出しそうです」
ぼくは引退作家だが言霊に満ちている。折口信夫全集は全巻書架にある。あなたのリクエストがあれば言霊をテーマに書く。曖昧で難しい要求をしてくる女の子が、ぼくは好きなんだ。