仕事を終えてアパートに帰ると、ドアの前に親友が立ってぼくを待っていた。右手にハンマー、左手に包丁。部屋の窓にはガムテープが張ってある。
「殺す。おれも死ぬ」
「なんで殺すんだい?」
「あんたがいると死ねないんだ」
ぼくは彼の自殺未遂を何度も助けてきた。彼は編集者としても詩人としても素晴らしい資質があった。非合法ドラッグから統合失調様になり、アルコール依存になっていた。
彼の最初の自殺未遂の時、窓から侵入して抱き起こすと、生きているのにこんなに冷たくなっちゃうのかと思った。精神安定剤と睡眠薬の大量服用。口が臭かった
彼は本当に死にたかったのだ。ぼくはその後も何度も助けてしまった。ロジカルなことだ。彼が自殺するには、ぼくをまず殺しておかないと。ぼくは彼を弟のように包んでいるから。
ぼくは逃げた。警察に届け、実家に避難した。不動産屋からは退去を命じられた。彼の実家に電話したがまるで相手にされなかった。自殺未遂のたびに招いてくれて食事したのに。
彼はアジアを放浪してすべてのイリーガル・ドラッグを体験した。タイの娼婦と結婚した。彼が日本から送金するお金はすべて浪費された。ぼくは彼を同じアパートに招いた。
高校生の時に彼はレイプの見張り役にされた。屈辱感と自責。
彼はタイの娼婦と離婚し、高校時代のガールフレンドと真剣な交際を求めた。だが彼女はキリスト教でももっともつらいカルト宗教の信者になっていた。「処女だった。つらかった」ぼくも1度会った。まったく無口な女性だった。
ヒッピー・カルチャーの最期みたいな彼に、ぼくは「ケルアックやバロウズよりも先にね」と自分の蔵書から岩野泡鳴、近松秋江、葛西善蔵、宇野浩二、牧野信一、嘉村磯多を薦めた。「こんなに生々しい文章表現もあるんだね。佐伯さんはこんなのを読み込んでいるんだ!なんで…」
彼の才能はぼくより遥かに上で、ライターとしても詩人・作家としても卓越していた。彼の自殺未遂を助けてから同性愛を求められた。ぼくは断った。殺しに来られた。なかなかいい。
ぼくは友人たちの協力で翌日引っ越した。
ぼくが悪かっのだ、と思う。部屋はめちゃくちゃにされ、ギターは叩き折られ、部屋中に灯油がまかれていた。ぼくはキズつかなかった。キズついたのは彼の方なんだから