人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

ゴールデン・バット

駅前の酒屋は小中学校時代の同級生が店主、奥さんも同級生だ。この町に戻ってから暫くは、煙草を買っても気づかれず、ぼくも名乗らなかった。それも不自然か、と数ヶ月して名乗ると、奥さんが「私も覚えてない?」「同級生で結婚なんて珍しいね」「そうでもないわよ」と彼女は3組の名を挙げた。田舎町の麗しいところだ。
今朝もぼくは鬱特有の早朝覚醒で、時間をもて余した後少し遠いスーパーに買い物にでかけた。ここが徒歩では一番安い。
スーパーは清掃のため臨時休業。せっかく梨の木坂を下ってきたのに。
この町はやたら坂が多くて、梨の木坂も大きい坂だ。西側は今は高校、養護学校、小学校が建っているが、昔は沼と田んぼだった。高校南の住宅地も沼だったという伝説がある。竜神に求婚されたお姫さまが身を投げると沼は乾いた。テンプターズ「エメラルドの伝説」を思わせるが乙女の入水自殺は古今東西よくある設定。「ハムレット」から取って「オフェリア伝説」と呼ばれるモチーフだ。
坂の東側は切り立った赤土の崖だったが今はマンションが崖をふさいでいる。この町では崖にはどこもかしこも空襲避難用シェルターの跡があって(防空壕という)子供の頃はよく秘密基地にした。
この防空壕にも伝説がある。敗戦後、頭のおかしい老婆が住み着いた。夕方子供坂を通ると包丁を持って「おまちゃれ、おまちゃれ」と追いかけてくる。殺して食べるのだ。これが「おまちゃれ婆の伝説」。
そうだ、煙草がもう無くなる。昨年の値上げの時にぼくも買い置きして年末年始に3ヶ月入院をしたからこれまで買わずに済んだが、もう無くなる。
ぼくは酒は白ワイン、煙草はゴールデン・バットと公式には26年決めているのだ。特にゴールデン・バットは譲れない。何かと好奇の目で見られ、安煙草だとかクズ葉だとかフィルターがないとか…それのどこが悪いのだ。他にも両切りの銘柄はあるし、低価格・低コストでもブレンドが良ければいいではないか。大正時代に機械巻きで発売された現存最古の銘柄。少なくとももっと敬意が払われてもいい。
「ゴールデン・バット1カートンください」
「作ってないよ」一覧表を見せられた。「今はほとんどの銘柄作ってないよ」
「えーっ!?」
「あ、でもバットは8月下旬製造再開だって。だいぶ先だね」
それまでの間どうしたらいいのか?いっそまた3ヶ月入院しようかな。