人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

虫垂炎入院日記(6)

この入院日記、病み上がりとはいえあまりに話題があちこちに飛ぶのでずいぶん気楽に書いているように見えるかもしれない。気楽なのは事実だ。まるで病人が書いているように見えるかもしれない。それもその通りでぼくはいかれた人間だ(精神疾患すべてがそうとは言っていない。あくまでぼく個人の話だ)。

では入院してきて何も変わらなかったかというと、大げさに言えば死生観みたいなものが変わった。悟りを開いたわけじゃない。緊張していたものがゆるやかにほぐれた感じ、といったら良いか。緊急の場になったらもうぼくは部屋の戸締りすら許されないで送られるべきところへ送られる、ということだ。生きることばかりか病気をこじらせることまで制約がある。なにも好んで細く長く生きようとはしていないのだが、結果的には命綱がどこかにつながっている。これは拘置所にぶちこまれた時から強く感じた。ぼく自身はしぶとい人間ではないが、ぼくの運命はしぶとい。ハッピー・エンドで終る物語を喜劇というなら、ぼくは喜劇の連続をくぐり抜けてきたということだ。

ようやく意識を取り戻して、静まりかえった病棟に違和感を感じた。かな切り声も聞こえなければ看護師と患者が揉めている様子もなく、独り言を言いながら廊下を徘徊している人もクルクル回っている人もいない。
そうか、外科・内科の入院病棟ではこれが普通か、といかにこれまで体験した精神科病棟が喧騒に満ちた場であるかしみじみと感じた。ぼくの病気の性質からしてまたいずれ入る可能性は高いのだが(どうせ入院するならいい季節にいいタイミングで済ませたいものだ)精神科病棟の雰囲気はずばりディズニーのアニメ「不思議の国のアリス」だ。原作ではなく。
ジェファーソン・エアプレインのヒット曲「ホワイト・ラビット」(1967)がLSDによるアシッド・トリップと「~アリス」を結びつけた作品で、その意味でも原作よりアリス二部作をまとめてアニメ化したディズニー版の方がいい。精神科病棟にはハンプティ・ダンプティも俊足白ウサギもいるし、首切り女王もチェシャ猫もいるし、セイウチと生蛎事件のようなことは毎日のように起こる。
「アリス」のアニメを見た人ならわかるが、あれは当然悲劇でもロマンスでもないし、喜劇ですらない。強いて言えばひとりの少女の夢の中での地獄めぐり、ということになる。(続く)