人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

虫垂炎入院日記(9)・回想篇

このブログを始めて間もない頃に載せた「精神科入院日記」は冗談みたいな体験記で、特に一昨年の入院でぼくに求婚してきた女性患者が同じ病棟に移ってきてからは油断のならないものがあった。決して明るいとは言えない職場で、ぼくの女難は病棟スタッフ全員のなごみの種になった。

そもそも入院自体が恋愛(率直に言って不倫)の行き詰まりから躁鬱が大爆発してしまったもので、入院中も退院後にどうするかという問題を抱えていた(結局退院後、200通のメールの往復の後でついに1回だけ会って別れることになる)。
ぼくはその気もないにやたら女性に好かれることがある。モテるのではない。不倫の女性もアルコール依存症の学習入院(楽しかった。一度で十分だが)で知り合ったのと同様に、特殊な環境ではこういう現象が起こるのだ。

別れた女性とは本の貸し借りで親しくなった。彼女はぼくを「AB型、作家」と一発で当てた(正確にはほとんど引退したフリーライターだが)。でも年齢は「私より年下」だと(彼女は37歳だった)愉快な間違いをしてみせた。
ちょうど村上春樹の「1Q84 Book3」が出たばかりで、彼女は「Book1」から読み返していた。
「面白い?」とぼくは訊いた。ぼくは村上春樹はデビュー作の雑誌掲載号から読んでいる。第三作までは単行本が出る前に雑誌で買って読んだ(その方が安いし)。その後村上春樹は長篇書き下ろしの作家になった。発売日に買って読む忠実な読者だったのは「ダンス・ダンス・ダンス」までだ。それからぼくは高校時代からつきあっていた女の子と別れ、やがてフリーライターの仕事に結びついてゆく生活遍歴が始まる。

ほとんど20年ぶりに新作として読む村上春樹は面白かった。長さも入院中の娯楽にはちょうど良かった。

入院中からぼくとのセックスを夢想していた、と聞かされたのはすでにそういう関係に進んでからだった。彼女がセックスでオーガズムを感じたのはぼくが初めてだった。結婚歴10年、二児の母なのに。
一足先に退院した彼女はぼくの退院を迎えに来て、それからは毎日のようにやってきた。
彼女が鬱からアルコール依存症になったのは中絶がきっかけだった。10年前亡くなったお母さんを今でも憎んでいた。
ぼくは彼女を助けられなかった。