戦前のモダニズム俳句を代表する5人の俳人を紹介する。夭逝した鳳作以外は寡作ながら戦後にも佳品が多い。紙幅と睨んで8句ずつを選んだ。
●西東三鬼(1900-1962)
水枕ガバリと寒い海がある
白馬を少女涜れて下りにけむ
算術の少年しのび泣けり夏
緑陰に三人の老婆わらえりき
中年や独語おどろく冬の坂
広島や卵食う時口ひらく
赤き火事哄笑せしが今日黒し
秋の暮れ大魚の骨を海が引く
●富澤赤黄男(1902-1962)
爛々と虎の眼に降る落葉
灯を消してああ水銀の重たさよ
瞳に古典紺々とふる牡丹雪
蝶墜ちて大音響の結氷期
椿散るああなまぬるき昼の火事
賑やかな骨牌の裏面のさみしい絵
大露に 腹割っ切りしをとこかな
草二本だけ生えている 時間
●篠原鳳作(1905-1936)
炎帝につかえてメロン作りかな
しんしんと肺碧きまで海のたび
月光のおもたからずや長き髪
一塊の光線となりて働けり
あぢさいの花より懈くみごもりぬ
泣きじゃくる赤ん坊薊の花になれ
にぎりしめにぎりしめ掌に何もなき
赤ん坊の蹠まっかに泣きじゃくる
●高屋窓秋(1910-1999)
頭の中で白い夏野となっている
白い霞に朝のミルクを売りにくる
虻とんで海のひかりにまぎれざる
ちるさくら海あおければ海へちる
山鳩よみればまわりに雪がふる
嬰児抱き母の苦しさをさしあげる
母も死に子も死に河が流れていた
荒地にて石も死人も風発す
●渡辺白泉(1913-1969)
鶏たちにカンナは見えぬかもしれぬ
銃後という不思議な町を丘で見た
繃帯を巻かれ巨大な兵となる
戦争が廊下の奥に立っていた
玉音を理解せし者前に出よ
端照りの蛇と居りたし誰も否
地平より原爆に照らされたき日
まんじゅしゃげ昔おいらん泣きました