人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

さっき帰り道で

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さっき帰り道で曼珠沙華の花を見つけた。ぼくは月に一度の歯科通いを終えたところだった。曼珠沙華は雨にうたれて、ぼくに挨拶しているように見えた。

駅前のK酒店は中学時代の同級生のお店で、今日はKくん本人が店番していた。夏に虫垂炎から退院してきて店番の奥さんと話したら「うちのパパもおとといから入院よ。蓄膿症の手術で」それはお大事に、と妙に可笑しくなったものだ。
次にタバコを買いに行った時に配達の仕度をしているKくんと顔をあわせた。奥さんも中学時代の同級生だから話題はとうに伝っている。おたがい苦笑いしながら、歳とると悪いところが出てくるもんだねー、と人類百万年の会話をした。今日も例によってゴールデンバット1カートン買う。
Kくんのお店への義理でなかなか時をかける熟女へのお店に行けない。ぼくは買い物と医者通いくらいしか人と会話しない。教会も画廊もぼくに親切にしてくれすぎる。虫垂炎の後は本当に誰にも会う気がしなくなった。

離婚した時ぼくはすべての歯がほとんど歯茎まで磨り減っていた。何年もかけて歯ぎしりして磨耗させてしまったらしい。
離婚前、治療を思い立ち、地域では評判のいい歯科に行った。歯科医は絶句して「これは健保だけでは元がとれません。美容も入れて…車1台くらいの予算で」と言った。妻は「治しなさいよ」と言った。ぼくは治さなかった。歯が完全に駄目になる前に、ぼくはもう長くないと思っていた。

独身になって郷里に戻り、生活保護医療を受けられることになって、精神科の次に尋ねたのが歯科だった。「健保医療だけでやってみましょう。なるべく美容に近づけます」とN先生は言った。毎日通った。
「ありがとうございます」とN先生は言った。「普通は2年以上かかる治療を3か月で仕上げました。学会発表ものですよ」
「実は最初はためらったんです。これだけの治療をこなせるかどうか…お引き受けしてよかった」
「ありがとうございます」
「きちんと手入れすれば30年は持ちます。月に一度メンテナンスとクリーニングに来てください。人の手で造ったものは、神が造ったものには及びません」

春先の更新で打ち切られた障害者の追加受給への異議申し立ては棄却された。等級は3級、障害者加算の2万円が打ち切りになる。

曼珠沙華の花にこれだけのことを話して、雨の中を帰路についた。