淀川長治・蓮実重彦・山田宏一共著「映画となると話はどこからでも始まる」から淀川氏・山田氏の世界映画ベスト10はすでに紹介した。映画ベスト10というのはその人の映画観を端的に顕すから、癖のある人は徹底的に癖がある。同書の本編を占める座談会ではいわば水戸黄門と助さん格さんの3人だが、巻末エッセイのベスト10だともう一切の遠慮なく各々の映画観をあらわにする。
なかでも蓮実重彦氏(1936-)、フランス文学者でフローベール(代表作「ボヴァリー夫人」ほか)研究の第一人者、元東京大学総長は映画マニアで知られ、80年代は蓮実氏の批評を待たないと映画評が書けない(文学でも同様)というほどの影響力を誇った。そんな氏の世界映画ベスト10を見てみよう。
●ラルジャン(仏'82/ロベール・ブレッソン)
●捜索者(米'56/ジョン・フォード)
●エル(メキシコ'52/ルイス・ブニュエル)
●ヴァニナ・ヴァニーニ(伊'61/ロベルト・ロッセリーニ)
●黄金の馬車(仏'52/ジャン・ルノワール)
●イワン雷帝(ソ連'44/セルゲイ・M・エイゼンシュテイン)
●東京物語(松竹'53/小津安二郎)
●飾窓の女(米'44/フリッツ・ラング)
●めまい(米'58/アルフレッド・ヒッチコック)
●西鶴一代女(神東宝'53/溝口健二)
いかがでしょうか?85年の時点で日本未公開作品が5本もある。氏はフランス文学者・夫人はフランス人という国際的な環境で日本未公開作品にも日常的に足を運べる、日本でも有数の映画エリートになったのだった。ふたたび影響力について触れると、ベスト10中の日本未公開作品5本はいずれも2、3年のうちに監督ごとの特集上映で日本初公開されている。蓮実氏が80年代に映画批評で紹介して日本初公開された日本未公開作品は軽く100本は越える。近代美術館やアテネ・フランセ、日仏会館、ブリティッシュ・カウンシル、イメージフォーラムなどで催されるシネマテーク(なぜか四ッ谷から水道橋までで固まっていた)もほとんど蓮実影響下のプログラムだった。小津安二郎の本格的な研究とともに、日本未公開作品の穴をほとんど埋める火付け役だった功績は大きい。
東京大学総長に就任して退官までの数年間は映画批評のブランクがあり、蓮実氏の影響力はそれほどではなくなった。それも時代の流れだろう。