小熊秀雄『約束もしないのに』


『約束もしないのに』 小熊 秀雄
冬がやってきた
だが木炭がない練炭がないで
市民はみんな寒がっている
でもあきらめよう
とにかくこうして
季節がくると冬がやってきてくれたのだから、
僕の郷里ではもっと寒い
冬には雄鶏のトサカが寒さで
こごえて無くなってしまうこともあるのだ
それでも奴は春がやってくると
大きな声で歌うことを忘れないのだから
勇気を出せよ、
雄鶏よ、私の可愛いインキ壺よ、
ひねくれた隣の女中よ
そこいら辺りのすべての人間よ、
約束しないのに
すべてがやってくるということもあるのだから
なんてすばらしいことだ
約束しないのに
思いがけないことが
やってくるということがあると
いうことを信じよう。
(「流民詩集」執筆1940より)
これが戦時下に、検閲を逃れながら希望を詠うぎりぎりの内容だったと思うと痛ましい。
小熊はいつも民衆のひとりとして詠ってきたが、小熊晩年の5年間は民衆までもがファッショ化していく過程だった。抵抗詩人たらんとすれば、民衆詩人では折りあいがつかなくなる。
萩原恭次郎と前後して戦争の激化の前に亡くなったのは日本の詩にとって大きな喪失だが、もし健在であったとしても詩はますます暗く、内向的になっていっただろう。小熊は間違った土地に生えてしまった一本の大樹だったのかもしれない。