スキンヘッドの戦後詩人・石原吉郎のプロフィールは前回紹介した。49歳から62歳まで8冊の詩集と句集・歌集が各1冊、批評とエッセイが5冊。遺稿はよく整理され、急逝後ただちに全3卷の全集が刊行された。まるで望遠鏡を逆さに覗いたように、詩人の全業績はすっぽりと第一詩集「サンチョ・パンサの帰郷」1963に収まるのがわかる。
『位置』
しずかな肩には
声だけがならぶのでない
声よりも近く
敵がならぶのだ
勇敢な男たちが目指す位置は
その右でも おそらく
そのひだりでもない
無防備の空がついに撓み
正午の弓となる位置で
君は呼吸し
かつ挨拶せよ
君の位置からの それが
最もすぐれた姿勢である
(詩集「サンチョ・パンサの帰郷」1963より)
第一詩集の基本テーマと言えるこの作品は、苛酷な捕虜・強制労働体験をサヴァイヴァルしてきた極限の人間観によって異様な緊張感がみなぎっている。それは最晩年の、最小限の表現で心中を描いた次の佳作でも変わらない。
『相対』
おのおのうなずきあった
それぞれのひだりへ
切先を押しあてた
おんなの胸は厚く
おとこは早く果てた
その手を取っておんなは
一と刻あとに刺したがえた
ひと刻の そのすれちがいが
そのままに
双つの世界へふたりを向かわせた
(詩集「足利」1977より)
だが石原には音楽性のみを追求したこんな詩もあった。
『自転車にのるクラリモンド』
自転車にのるクラリモンドよ
目をつぶれ
自転車にのるクラリモンドの
肩にのる白い記憶よ
目をつぶれ
クラリモンドの肩のうえの
記憶のなかのクラリモンドよ
目をつぶれ
-目をつぶれ
-シャワーのような
-記憶のなかの
-赤とみどりの
-とんぼがえり
-顔には耳が
-手には指が
-町には記憶が
-ママレードには愛が
そうして目をつぶった
ものがたりがはじまった
-自転車にのるクラリモンドの
-自転車のうえのクラリモンド
-幸福なクラリモンドの
-幸福のなかのクラリモンド
そうして目をつぶった
ものがたりがはじまった
-町には空が
-空にはリボンが
-リボンの下には
-クラリモンドが
(詩集「サンチョ・パンサの帰郷」より)