めずらしく日本のシンガー・ソングライターの歌詞を詩としてご紹介する。三上寛(1950-・北海道生まれ)はアルバム「三上寛の世界」1971でデビュー、初エッセイ集「愛と希望に向って撃て」1973の後第5作「BANG!」1974で一区切りをつける。それはインディーズのURCから業界最大手のひとつ・ヴィクターに移籍する置き土産アルバムだったこともある。初期三上寛の総決算。印象的なアートワークは鬼才・佐伯俊男で、インディーズ時代の三上寛のアルバムはすべて佐伯が担当した(本も)。
では初期三上寛の最高傑作「BANG!」から冒頭の1曲をご紹介します。
『このレコードを私に下さい』 三上 寛
燃えてる街をくぐりぬけて
正月の八百屋から盗んできた
血まみれのリンゴを一つ
私に下さい
そのしぼんだ種を
宿せるかもしれないから
そのしぼんだ種を
かじりとれるかもしれないから
愛と希望にむせび泣きながら
正月の区役所から盗んできた
住民票の切れはしを私に下さい
その印刷された紙の中で
人間でいれるかもしれない
その印刷された紙の中で
日本人でいれるかもしれない
恋に破れた牛を食うために
正月の肉屋から盗んできた
生臭い包丁を私に下さい
それでキレイにアソコを剃れば
新しい私になれるかもしれない
それでキレイにアソコを剃れば
新しい私になれるかもしれない
天使の誘惑にさそわれて
正月の紀伊国屋書店から盗んできた
鉄より重い本を一冊私に下さい
その読めない字で何か
思い出せるかもしれないから
その読めない字で何か
喋べれるかもしれないから
いつものように思い立って
正月の産婦人科から盗んできた
産まれたばかりの赤ン坊を私に下さい
その小さな固まりを抱いて
歩けるかもしれないから
その小さな固まりを抱いて
眠れるかもしれないから
(アルバム「BANG!」1974より)
あくまでも三上は悪意に満ちてシリアスだ。もともと歌唱力だけでも日本フォーク界屈指の人、その上説教臭さや女々しさがまったくない。ギター1本背負ってさすらう小林旭に憧れて、ロックン・ローラーになるはずが間違えてフォーク・シンガーになってしまった(遠藤賢司、南正人も同様)という人だけある。