人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

ムーミン谷でつかまえて(47)

 博士、このまま放っておいてもいいんですかね?とスノークはやれやれ、という仕草をしました。私が考えるに、世の中には欲望と秩序という二つの対立する原理がある。欲望とは野放しにしておくと他人の権利を踏みにじるものだから、われわれはなるべく個々の欲望はほどほどに制限する規則を作って万人の間に秩序を保つようにしている。
 おおむねきみの言う通りではあるだろうね、とジャコウネズミ博士。ただし私は科学者でもあるが哲学者でもあるルネッサンス的学者なので、哲学者としての研究課題は「すべてがむだであることについて」とどこかのショーペンハウアーが書いていそうなことだ。きみの言う秩序を誰かが決めるのなら、それはそいつの欲望というものではないかね?
 えーと、それは、自然法というものがありますよ。たとえば他人のものを盗んではいけないとか、トロールトロールを殺してはいけない、とか、トロールは共食いをしてはいけないとか。うわあ(想像して)。
 盗んではいけないというなら、そこには所有という概念があるはずだね。しかしわれわれトロールは、ちょうだいと言われたら平気でくれてしまう習慣がある。たいがいのものはまたそこらから手に入るからだ。殺してはいけない、というがムーミン谷殺人事件など有史以来谷には皆無だろう。ましてや共食いなど、飢餓もなく死の概念も明確ではなく、死体すら残らないトロールの社会で起こり得るものかね。
 ですが博士、秩序は必要ですよ。おっしゃる通りムーミン谷に倫理的違犯はあり得ないかもしれませんが、人格を持たないトロールにもエゴは生まれる場合はあります。
 そういう場合は、誰か物好きなやつに役立ってもらうんだね。いるだろ、何かトラブルが起こると、またはまだ何のトラブルもないのにルールを決めて他人を従わせるのが好き、っていう物好きなやつが。
 なるほど、それは便利ですね。上手くいかなかったらそいつのせいにすればいい。
 ところがそういう時に限って他人のせいにするのもその種の手合いの習性でね。
 調子いいんですね。じゃあ結局秩序が乱れた時、責任をもってそれを解決する代表者が必要になるじゃないですか。
 だがここはムーミン谷だし、われわれは個体ごとにあまりに特性の違いすぎるトロールだ。代表など彼しかおらん。
 誰ですか?とスノーク。そりゃああの子さ、とジャコウネズミ博士。……その頃ムーミン