人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

(4)妄想と思考障害(妄想婆さん)

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筆者は双曲性障害1型(躁鬱病)だが、経験では重躁では妄想、重鬱では幻覚が生じる。厄介なのは重躁・重鬱に躁鬱混合状態まで現れる時で、これも大別して躁鬱同時と頻繁な躁鬱交代があって、すると幻覚と妄想のサイクルから病状は負のスパイラルに向う。

今回も舞台はY病院の入院病棟になる。ぼくとぼくの同室のKのふたりはなにかと問題患者に捕まってしまう悪運に恵まれていた。しかも今度は全病棟を数日に渡って騒がす事件の発端になった。ぼくとKの責任ではない。ナースステーションにもすぐに報告した。

例によってぼくたちがナースステーションで就寝前の服薬を終えて出てくると、灯りの消えた食堂の隅からしゃがんだままの姿勢で人影がカニ走りしてきた。
「すいません、お願いが…」お婆さんの患者だ。ナースステーションに姿を見られたくないのだ。
お婆さんが言うには、病棟から電話をかけたいから小銭を借りたい。ナースステーションに預けてあるテレフォン・カードは使わせてもらえない。
「小銭ですか…」
ぼくとKは顔を見合せた。どうしてテレカを使わせてもらえないんですか?お婆さんはそれには答えず、
「娘の家が火事ではないか心配なんです。小銭を。明日お返ししますから」
小銭があるか見てみますよ、とぼくたちは自分たちの病棟に戻り、内線でナースステーションに報告しておいた。

数日後またお婆さんに捕まる。ぼくらを覚えている様子はない。
「小銭を貸してください!娘の家が火事なんです」
食堂の窓から見えるという。ぼくらはナースステーションでお婆さんの様子を報告して部屋に戻った。

翌日の深夜、全病棟に非常ベルと自動音声の警報アナウンスが鳴り響いた。フロアの全員が食堂に集まった。地震ではない。ぼくとKは喫煙室に入った。
「あの婆さんだよな」
「他にいないだろうね」
「病院のベル鳴らしてどうする?」
「消防車が来る。娘の家が火事です、と訴える」
「普通病院に呼ぶか?」
「おれに訊くなよ」

毎晩の非常ベルが数日続き、喫煙者以外は起きてこなくなった頃、婆さんは夜は隔離室入りという風評と共に警報は鳴らなくなった。それからKやぼくが退院するまでの約2か月非常ベルが鳴らなかったのを思うと、それ以上のことがお婆さんの身にあったのかもしれない。