サイレント期映画史上画期的な名作といえば「国民の創生」1915にせよ「イントレランス」1916にせよアメリカの「映画の父」D.W.グリフィス監督によるものだった。ただし「イントレランス」はハリウッド映画最大の大赤字映画となり、グリフィスも作品の規模を縮小し、手堅いメロドラマを製作せざるを得なくなる。だがメロドラマ路線で決定的な完成度を達成し、アート・フィルムとしてもエンターテインメントとしても絶讚されてグリフィス生涯の成功作となったのが「散り行く花」1919だった。映画辞典を見よう。
○散り行く花 Broken Blossoms(米ユナイテッド・アーティスツ1919) ロンドンの貧民街ライムハウスに若い中国人と貧しい少女のプラトニックな恋愛を描いた作品で、エキゾチシズムと感傷的な味わいでD.W.グリフィスの名作のひとつに数えられる。
(筈見恒夫「映画作品辞典」)
田中純一郎「日本映画発達史」では「『散り行く花』と第八芸術の誕生」と一章を設けている
○所はロンドンの場末の貧民街。主要人物はそこに住む、情も涙も知らぬ拳闘家のバトリング・バロウズ(ドナルド・クリスプ)、その兇猛な父に毎日喧しくこき使われ、虐待される娘ルシイ(リリアン・ギッシュ)、東方の国から仏の教えを伝えに来たという、貧しい骨董店の店番チェン・ハン(リチャード・バーセルメス)の三人。餓えと疲労と父親の虐待で哀れな少女は死に、少女を愛し、人の道を教えるチェン・ハンは、冷酷なバロウズを殺す。星清く、銀河の流れる夜、チェン・ハンは白刃を右手に高く掲げ、仏の教えに叛いて自ら罪人となった己れの命を断つ。(大正11・4・2、有楽座)
「1919年5月13日、グリフィスが『散り行く花』をアメリカで試写して見せた夜の興奮は、実に世界の映画史に特筆さるべき日であったという。出席者の一人は『この一夜に映画界は一転して数年の飛躍を示した』といい、またある一人は『この映画は音楽、絵画、文学、演劇、舞踏、彫刻、建築の七つの既成芸術に対して明らかに第八芸術としての新しい芸術の創造を示した』といい、また他の一人は『映画劇と舞台劇はこの映画によって明らかに区別された』といった。それらの中にはH.G.ウェルズの顔も見えた」
当時の興奮が伝わってくる。この可憐なメロドラマが映画史を変えたのだ。