人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

猫の首(実話)

なぜ猫の首と呼ばれるのかは判らないが、弟がネットから探してきた図版では、確かにどこか猫を思わせる醜悪な初老の女の首が地中に逆さになっていた。生きている女の首、身体は地中から出てまだ首だけ地中に残しているのは、カッと見開いた眼と半開きの口、膨んだ鼻孔でわかる。
「まるで子供の描いた絵だな」
「古い時代の庶民の絵なんかみんなそう見えるよ」
弟は言って、「それにこの絵は想像図だし。地中の様子を描いてるんだから」
なぜこの絵が描かれたのは添え書きに明瞭だった。「首を斬って殺すな」それは伯母に草書の心得がなければまさしくぼくらがしようとしたことだった。

伯母夫妻の家は旧武蔵野のさびれた界隈にあり、土地ごと古い民家を安く手に入れて、もう30年以上人の住まない木造を水回り以外は父と弟でリフォームした。二人とも頼まれると受けて立つ性格なのだ。
「Eさん(伯父)なんか腹立つよ」と電話で弟がこぼした。「こっちが真夏に屋根治してるってのに昼酒飲みながら本読んでるんだぜ。まあフランスのいい赤ワインくれたけどさ」
Eさんは在野の思想家で伯母は画家。子供はなく、どこか浮世離れしたところがある。

弟が怪現象で伯母に呼ばれたのはリフォームも済んで秋になった頃だった。弟は車での通勤路の途中に伯母の家がある。電話より直接話す方が早い。
「ここなのよ」と伯母が案内したのはガレージで、壁と屋根とシャッターはあるが床は固めた土間で、ガレージから直接居間に上がれるようになっていた。
「風がいいからシャッターを少しだけ開け放してお茶の間にいたの。何となく気配を感じてガレージを見たら、土から二つの手首と膝が生えてた。それから徐々に身体全体が土から出て、最後にのけ反るように女の人の首が現れた。私?固まってたわよ」それから女はお茶の間を抜けて玄関から出て行ったらしい。
二度目は、伯母は果敢にも追跡した。だが二つ目の角で曲られ、長い曲り道で見失った。

そして弟も見た(勤務中に呼ばれた)。弟が着いた時にはようやくこれから首が出ようとするところだった。足は踏ん張り、両手の指は鷲の爪のように開いていた。弟もまた、伯母と同じところで見失った。
討伐隊が弟の地元仲間で結成された。ぼくも駆り出された。「これみたいだよ。『猫の首』って言うらしいんだ」…(続く)