人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

(12)フランツ・カフカ小品集

イメージ 1

今回も神話もの。待機の他に無益な労役がテーマになっている。
*
『ポセイドン』

ポセイドンは机に向って計算していた。すべての海洋を管理することは果しない苦労だった。助手を使おうと思えば、人はいくらでもいた。実際、彼は大勢の助手を使っていた。だが彼は非常に几帳面で、どんなことでももう一度計算し直さなければ気がすまなかった。そんなわけで、助手もあまり役には立たなかった。彼はこの仕事が好きかといえば大間違いで、自分に課せられた務めだからやっていただけだった。これまでに、もっと楽な仕事はないかと、何度口をかけてみたかわからない。だが結局は他のどんな仕事もこれまでの彼の仕事ほど向いていないとわかった。たとえばどこか特定の海洋の管理を彼にあてがうことなどは思いもよらなかった。そうしたところで仕事は少なくならず、ただ小規模になるだけだ。それは論外としても、偉大な海神ポセイドンにはやはり統括する地位でなければ格好がつかない。また、海洋以外の役割が提供されると、彼は考えただけで不機嫌になった。とは言え、実は誰も彼の悩みを真面目に受け取ってはいなかった。権力者が苦しんでいる時は、たとえ埒があかなくても一応は話に耳を傾けるものだ。ポセイドンの務めを本当に変えようなどとは誰も考えていなかった。世界の始まり以来彼は海の神ということに決っているわけで、なんとしてもその職について貰わねばならないのだ。
人々が彼に、海神はいつも三又の戟を携えて馬車に乗り海を駆け巡っていなければいけない、と不平を言うたびに、彼はいちばん腹を立てた。そして、それが主として彼の務めに不満を抱く理由だった。ともあれ彼はこの海底に座って、ひっきりなしに計算していた。ときおりジュピターのもとまで出かけるのが単調を破る唯一の機会だったが、それもたいてい帰宅する時にはかんかんに腹を立てていた。こんなわけで彼はあちこちの海をろくに見ることもなかった。オリンポスの山に登る時ちらりと見るくらいで、各地の海を実際に遍歴する機会は一度もなかった。彼はいつも口癖のように言っていた。おれはこうして世界の終りまで待つだろう。そうすればちょっとの間だけ暇ができるから、世界の終末の直前に、最後の計算に目を通した後で、簡単な一周くらいできるだろう。
(遺稿集「ある戦いの描写」1936)