人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

(11)フランツ・カフカ小品集

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これも待機と疎外を描いた軽妙な一篇。
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『試験』

私は召使いだ。仕事のない召使いだ。私は小心者で、でしゃばれない性分だ。他の召使いの仲間にすら入れない。しかしこれも、私に仕事のない理由のひとつでしかない。むしろ関係などないかもしれない。問題は私が呼びつけられないということだ。他の召使いたちは自分から求めないのによびつけられている。だから呼ばれたいなどという気持は毛頭ないだろうが、私にはたまにそんな気持が強く湧くことがある。
そんなわけで、下男部屋の木のベッドに寝そべって、天井の梁を眺めながら、眠っては目をさまし、また眠り込むいうのが私の日常だ。時には飲み屋にでかけて酸っぱいビールを飲むこともある。飲み屋に座っていると、小さな窓を閉めたその後ろに座るから、誰にも見咎められずに私たちのお屋敷の窓を眺められるのが楽しみだ。ここで通りに面して座っていても、別にそれほどいろいろなものが見えはしない。廊下の窓が見えるだけで、それも主人たちの住居に通じているわけではない。お屋敷の前面の作りからしてもおそらくそうなのだろう。窓も滅多に開かない。開くとしてもそれは召使いの仕事で、その後きまって窓枠に凭れて下を眺めている。だから主人に見つかって危険のある召使いではないわけだ。ともあれ、私の知らない召使いたちだ。上の部屋の召使いたちは寝る場所も別で、私たちの寝る下男部屋ではない。
ある日私が飲み屋に入っていくと、私のいつもの席には先客がいた。私はよく見定める気もなしに、すぐに引き返そうとした。ところがその客が私を呼ぶので、よく見るとやはり召使いの一人だった。この男にはどこかで一度会っているが、これまで話をしたことはなかった。
「お前はどうして逃げるんだい?ここに座って、まあ一杯飲めよ。勘定はおれが持つから」私は腰を下ろした。彼はいろいろ私に質問するが、私は答えられなかった。質問の意味さえ判らなかった。そこで私は言った。「あんたは私なんかに飲ませて後悔していないかね。だったら私は帰るよ」そして、私は立ち上がろうとした。ところが彼はテーブルの向う側から手を伸ばして、無理矢理に私を座らせた。「まあ、ここにいろよ」と彼は言った。「ちょっと試してみたんだ。質問に答えなかったら合格、という試験をね」
(遺稿集「ある戦いの描写」1936)