人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

(22)フランツ・カフカ小品集

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「観察」自体がテーマの二篇。
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『通り過ぎる人々』

夜遅く、狭い小路を散歩していると、一人の男がこちらに歩いてくる。この時私たちは男が弱々しい体格で着るものもぼろぼろなのにもかかわらず、また男の後から誰かが大声で喚きながら追ってくるにもかかわらず、男を取り押さえるようなことはしないだろう。
それは夜だからだ。たまたま満月だからだ。その上彼らは冗談半分に追いかけっこをしていたのかもしれず、二人で第三の人間を追っていたのかもしれない。最初の男が無実の罪で、第二の男に殺意があるかもしれない。または縁もゆかりもないかもしれない。また二人は夢遊病で、最初の男が凶器を持っていないとは限らない。
結論。私たち自身が疲労して酩酊状態にあるのではないか。こうして第二の男も見えなくなると、私たちは安堵の胸を撫で下ろす。
(小品集「観察」1916)
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『乗客』

私は路面電車の運転席の傍らに立っている。そしてこの町、また私の家庭の中の私の位置について不安でならない。それがどんなものにしろ私がもっともな要求ができるだろう。私は今こうして運転席の傍らに立って、吊革につかまり電車に運ばれる自分を少しも弁護できず、人々が路面電車を避け、静かに歩いて行き、またはショーウィンドゥの前に立ち止まっている様子を弁護することもできない。-もちろん誰もそんなことを私に要求はしない。だがそれも同じことだ。
電車はある停留所に近づく。ひとりの少女が下りようとして階段の近くへやってくる。私には彼女がまるで触れたようにはっきり解る。彼女は黒の衣裳をまとい、スカートのひだはほとんど揺れない。ブラウスはぴったりと胸に合い、細かい網目の白いレースの襟をつけている。左手は平たく壁に支え、右手の傘を上から二番目の段についている。彼女の顔は小麦色で、両脇が微かに窪んだ鼻の先は丸くずんぐりしている。彼女は豊かな鳶色の髪をし、右のこめかみの所にほつれ髪が風に吹かれている。彼女の小さな耳はぴったりと裏にはりついている。にもかかわらず私はすぐ傍らに立っているので右の耳の裏がすっかり見える。影になっている根元まで見える。
その時、私は心に問う。彼女が自分自身に対して怪訝に思わないで、口をきっと閉じたまま、そのようなことを少しもいわないでいるのは、どうして可能なのか、と。
(同)