人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

山東京伝「桜姫全伝曙草子」1805

ぼくが小説を読むのは、フローベールの「ボヴァリー夫人」1857で早くも田舎の開業医との結婚生活に倦怠を覚えた若妻が、食事の席で「エマ(若妻)はシャルル(夫)が舌で上唇の内側をまさぐるのを見て嫌悪感に堪えなかった」というような電撃的一行のためで、人物や構成、物語などは、いわば闇の戸口に読者を導くための仕掛けにすぎない。

だが小説全体がイヤーな異物である例もある。日本の大衆小説の開祖といえる山東京伝「桜姫全伝曙草子」1805ではまず容姿端麗、心も清らかな母娘が登場し、くどいほどの賛美が続く。当時は現代小説は禁じられており、武家時代を描けば必ず人物も行動も美化しなければならなかった。
この未亡人母娘は娘(桜姫)と同じ年頃の姉妹を連れ子に持つ士族の寡夫と再婚する。ここからが合理的な近代小説とまったく違い、翌日から継母と桜姫による陰湿な継子いじめが始まる。これがひたすらしつこく、家事労働の強要どころか骨が露出するほどの直接的体罰にまで至り、小説冒頭の性格設定との矛盾に一切釈明はない。この「継子いじめ」は古物語に由来しているので、武家という枷も外して構わないのだ。現実には鷲尾家のお家騒動というモデルがあった。また、江戸時代には継子いじめは当然として娯楽小説に描かれた、ということでもある。倫理的裁断は一切ない。

やがて父親が死んだか、いじめに耐え兼ねたか(忘れた)で姉妹は家を出て放浪する。もう完全に叙述は戦国時代になっている。そのあげくに餓死してしまうのだが、本業は織物問屋で絵師でもあり、木版版下も印刷・製本・出版もすべて自社でやってしまう京伝に手抜きはない。姉妹の屍が腐乱し、白骨化するまでを8ページに渡って図解説明する。これは小野小町風伝(老残死伝説)から発想を借りたもの。
さて、姉妹の白骨を清水寺の僧・清玄が発見し弔って、遺留品から桜姫の許を訪ねる。ここからが芝居の「清水寺の場」「庵室の場」を踏まえて、桜姫古伝説になる。つまりここまではすべて前置きだったのだ。おお!(ちなみに再び桜姫は可憐で清らかな美少女になっている)。

清玄は桜姫に懸想するあまり悶死し、怨霊となり桜姫を悩ます。結局清玄の怨霊を鎮めて話は終る。あの腐乱死体の8ページは?要はこの小説はパッチワーク、フランケンシュタインなのだ。そして生者と死者に隔てはない。