人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

終章-眠れる森1・前編(連作31)

(連作「ファミリー・アフェア」その31)

終章のタイトルはぼくが考えたものではない。彼女が考えたものだ。彼女-Nさんはぼくが入院前に書き上げていた14章28回分を読み終えると、
「私とのことは美しく書いてね。タイトルは『眠れる森』がいいわ」
と言ったのだった。
入院中は彼女とは何もなかった。エイプリル・フールの時に「職業はわかりますか?」「…作家」「当り。まあ一応ね。フリーライターだから文筆家の端くれにはなる。何でわかったの?」「それ以外考えられないから」と彼女は馬鹿みたいに答えた。
「では血液型は?」「AB」それ以外考えられないから、と彼女は言った。
「現実感も生活感もなくて、つかまえようとすると逃げてしまうし、諦めるとすぐそばにいる。そういう人なんだわ」
「アエリエルみたいだな、おれはまるで」彼女が訊いて来たので綴りを教え(a-e-r-i-e-l、もしくはaireal)「風の精、音の精。そんなものだよ。実体はないんだ。だからぼくは違う」
「いいえ。あなたはそういう人なのよ」

入院中から彼女はぼくがどんなセックスをするか想像していたという。
「それでどうだった?」
想像通りだった、とまた彼女は答えにならない答えをした。たぶん草かんむりに「肉」と書くとぼくになるのだろう。
「あのタイミングと環境で出会わなければ親しくなることもなかったろうね」「そうね」と彼女、「入院して同じテーブルになっていなければ、あいさつだけで終っていたと思う」「おれも高校の七年後輩の女の子とこうなるとは思わなかった」「私は…」

ぼくは退院後には誰とも個人的な連絡を取らないと決めていた。アルコール依存症の学習入院の三か月でわかったのは、ぼくは一時的なやけ酒はあったがアルコール依存症ではなく、入院しにきている人たちは身心を侵され日常生活・社会生活に支障を来すほど深刻なアルコール依存症患者だったことだ。
ぼくは朝は飲酒から一日を始めたり、路上飲酒で倒れたり飲酒運転して危ない目にあったり、病院の待合室でペットボトルに詰め替えた焼酎を飲んだり、意識のブラックアウトや飲酒による精神失調を起したことはない。
Nさんとはグループ学習でもいつも同じ班になったが、順に自分の飲酒問題体験をテーマごとに発表する場合でもぼくはいつもパスして、彼女に「また?」と難じられていた。