人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

短歌と俳句(6)石原吉郎5

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 詩人石原吉郎(1915-1977)の唯一の句集「石原吉郎句集」1974と唯一の歌集「北鎌倉」1978の顕著な相違点は、前者がほとんど62年発表までの句に拠るのに対して、後者が76年からの最晩年の創作からなることだろう。
 前回に同時発表された76年の俳句三句と短歌二首を引用したが、短歌はのちに歌集の巻頭と巻末に置かれたほど詩人自身にとって重い意味を込めたものだった。この場合拙劣さも破綻も問題ではなかった。煩を厭わず再引用する。

・今生の水面を垂りて相逢はず藤は他界を逆向きて立つ
・夕暮れの暮れの絶え間をひとしきり 夕べは朝を耐えかねてみよ
 (短歌二首)

 だが同時発表された俳句三句は、明らかに「石原吉郎句集」に見られる作風とは異なり、晩年の詩編や歌集「北鎌倉」の地点から書かれている。

・打ちあげて華麗なるものの降(クダ)りつぐ
・死者ねむる眠らば繚乱たる真下
・墓碑ひとつひとつの影もあざむかず
 (俳句三句)

 これらの句に見られる老境と死の予感は「石原吉郎句集」にはなく、専門俳句作家もかくやの巧みな諧謔味が見事な技巧で披露されている。巻頭句と巻末句にそれほど重きは置かれていないと思われるが、全体的な水準は巻頭句と巻末句でもわかる。

・その少女坐れば髪が胡桃の香
・けさ開く芥子あり確(シカ)と見て通る

 また句集に併録されたエッセイ「自句自解」は自信作の創作余話だが、そこでは意識的に現代俳句色の強い作品が選ばれている。

リスボンはいかなる町ぞ霧の燭
無花果使徒が旅立つひとりづつ
・懐手蹼(ミズカキ)そこにあるごとく
・懐手蹼(ミズカキ)ありといつてみよ(改作)
・縊死者へ撓む子午線 南風(ハエ)のair pocket
・百一人目の加入者受取る拳銃(コルト)と夏
・林檎の切口かがやき彼はかならず死ぬ
・緯度ひとしき政変ヨットかたむき去る
独立記念日火夫より不意に火が匂ふ
・「犬ワハダシダ」もはや嘘をつくまでもない
・柿の木の下へ正午を射ちおとす
・夕焼けの壁画を食らふ馬ばかり
・告発や口笛霧へ射ちこまる
・いちご食ふ天使も耳を食ふ悪魔も
・薔薇売る自由血を売る自由肩の肉(シシ)

 むしろ北村太郎佐佐木幸綱に優れた作例を上げた論考がある。次回はそれに触れたい。