「荒地」グループの詩人でも、鮎川信夫と北村太郎(1922-1992)はもっとも石原に注目していた。鮎川は石原を世に出した人だから当然として、北村は「荒地」では珍しく俳句を解する人だった。
北村による石原吉郎句集評「『ゆ』のおかしみ」は詩誌「四次元」77年春期号初出。のち詩論集「詩を読む喜び」収録(78年4月刊)。軽いエッセイの体裁でいながら、石原の句集を論じた決定版とも言える充実した内容になっている。
まず北村は女性を詠んだ句の多さに着目し、全155句中21句を占めると算出して例句を挙げる。
・その少女坐れば髪が胡桃の香
・強情な愛の掌ひとつ青林檎
・をんなの手女にともす秋灯
・そばかすが濃くて別れぬ冬日の窓(ト)
・地下鉄(メトロ)のなかの婚約確(シカ)と夏帽子
・コップより女したたる暮春かな
・八月や少女の鉄のごとき腰
・チェロの腰しまりて秋の情事かな
・啄木鳥やをんなの視線銀となる
女性を詠んだ句を恋の句と考えれば、これらは一句ごとに趣向が凝らされていて面白い。だがどこか抽象性を免れえず、色気や艶に欠ける。具体的な女性よりも「なにか氏が女を夢みている、その夢の美しさかま俳句になったような感じを受ける」と評している。
北村が句集中の白眉とするのは、
・街果てて鼓膜の秋となりにけり
・怨恨のごときもの見ゆ油照り
・ジャムのごと背に夕焼けをなすらるる
・回転木馬のひだり眼夕日をひとめぐり
「すべて簡潔、明快。その上に雄大。いわば『大きい句』」と、北村の鑑賞眼はさすがと言えよう。
また。石原句集のユーモアのセンスに着目し、
・懐手蹼(ミズカキ)そこにあるごとく
・婚礼衣装ロビー行き春を収奪す
・暮春の無為ナポレオンのごとき鯣(スルメ)を買へ
・あかんべえさせろ夕日へポストの奴
・大衆のふぐりを垂りてののしりぬ
・われおもふゆえ十字架と葱坊主
この中で「ロビーゆ~収奪す」の句の諧謔を特に絶賛し、「ゆ」の用法に石原の言語感覚の確かさを見る。また、対蹠的な内容ながらツルゲーネフの小説のような雰囲気をたたえた句として「冬木立はじめにおれが敵となる」「告発や口笛霧へ射ちこまる」を挙げる。
優れた詩人の選句はそれだけで十分に批評足り得る。北村のエッセイ自体が名人芸と言えよう。