人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

文学史知ったかぶり(4)

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どのような文学運動でもそれを生み出した時代思潮抜きには読み解くのが困難です。例えばフランス・ロマン主義についても歴史的出自を探るならば、出発点はルネッサンス期のユマニスムまで行き着く。しかしユマニスムとロマン主義が直結するものでないなら、媒介項となる文学の存在が想定できます。するとルソーとサドという烈しい個性が見つかる。

また、フランス文学は文字通り「人文」的思想から文学と哲学を分離しませんでした。その伝統は構造主義以降の現代思想でも文学として哲学が行われていることからも顕著です。
ユマニスムというテーマを一筋道とすれば、凡庸化したユマニスムに檄を入れよう(ルソー)と、ユマニスムの存在しえない世界を描こう(サド)と両者は同じ問題意識を共用しているといえます。また、ルソーもサドもユマニスムに対する自我拡張という点では共通の志向性があり、それが時代思潮に進めばロマン派の発生は必然でした。文学史的な観点では作者間の個々の影響関係ではなく、時代思潮の反映がどのように個々の作者に現れたかが問題になります。時代思潮に連続性があれば自覚の有無を問わず次世代の作者は課題を引き継ぐことになります。

ドイツ・ロマン派との対比で言えば、むしろドイツ文学には文学と哲学を分離させる発想があり、原因はプロテスタントの最先進国であったことではないかと思われます。ドイツ文学には神がいません。ロマン派からニーチェまで、文学が扱う神はキリスト教以前の古代の神々です。文学や宗教思想を哲学から分離したのがロマン主義時代のドイツ文化です。古代ギリシャ以来の形而上思考を回復するためには、ドイツ哲学は文学や民衆(宗教)思想との分離が必要でした。

ただしニーチェはドイツ文化では特異な人で芸術と哲学を分けて考えられなかった。ニーチェには形而上学がなかった。ワグナーへの絶大な期待と失望は結局ニーチェの一人相撲でした。ニーチェがしきりに言及したのはボードレールドストエフスキーでしたが、ロマン主義の批判者ボードレールもロシアのロマン主義レールモントフは擁護する。ロマン主義はイロニーを主題としますが、これも一律には語れません。
アメリカ文学のようにロマン主義から出発した特異な風土もあります。特異なゆえんは、そこには古典主義の余地がないからです。次回はアメリカ文学を概括してみましょう。