人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

頭の中の映画9/フェリーニ、アントニオーニ

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地中海クルーズ中に失踪した大使令嬢アンナ。アンナの恋人で建築家サンドロ、アンナの親友クラウディアはアンナの行方を追う内に愛人関係に陥り、アンナ捜しの目的を失う上に恋愛感情も枯渇し行き詰まる。ベンチに座り込み嗚咽するサンドロ。立ったままでサンドロの肩に手を置くクラウディア。二人を背後から写した全景ショット―サンドロの座るベンチ側右半分は黒い断崖、クラウディアの立つ左半分は蒼白の晴天―が映され、無言の場面のまま映画は終了します。

『情事』とはイタリアの有閑階級という歴史的背景があればこそ成立する話で、サンドロとクラウディアの「情事」のきっかけになるアンナ捜しも彼らがする必要はないことですが、他にすることがないので始めてしまうのです。冷静に映画を見直すとアンナは旅行中に恋人と親友にも飽きてしまい、勝手に別れて実家に帰ったのが妥当な解釈だとわかります。
ですので、サンドロとクラウディアには始めからアンナ捜しは逢引きの口実でしかありません。その先は成行き任せだったでしょう。アンナから二人との関係を断ってきたのですから。

アンナとクラウディアは典型的なイタリア美人で、抱えこんだ倦怠すら含めて美しく描かれています。一方ハンサムで資産家の子息の建築家サンドロは、映画で描かれたもっとも卑小な主人公でしょう。大学で建築士資格を取得しているので建築家を名乗っていますが実家が裕福なので働かず、労働を軽蔑するが実社会に出る自信もない。

待ち合わせの街角で先に着いていると、ちょうど向かいは建築現場で図面が舗石の上に広げてあり、インク壺が乗せてありました。サンドロは懐中時計の鎖を垂らし、時間を見るふりをしてゆっくりと鎖を揺らします。やがて鎖はインク壺を倒して図面を台無しにします。気づいた工事夫がわざとやったな!と食ってかかると、サンドロはすまん偶然だよ、ととぼけます。激怒する工事夫を他の工事夫がなだめる中サンドロはすまし顔で立ち去ろうとしますが、その時通りを横切る黒服の僧侶たちに前方を遮られます。
これはサンドロの内面の腐敗を描いて絶妙な場面で、偶然を装った分だけ余計に悪質であり、建築士であればなおさらです。僧侶の出現を神の諌めと解釈する必要はないでしょう。こんな男を主人公にした映画は通常成功しないものです。この悪は魅力的ですらないからです。