人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

偽ムーミン谷のレストラン(36)

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せっかくの夕べなのであえて話題にはしなかったが、とヘムレンさん。アレをいわゆる黒歴史と言うのだろうな。ここまで言えばきみには通じると思うが。
ああ、アレかね、とジャコウネズミ博士。おたがいアレには悩まされたものだ。私もムーミン谷の紀元までは精通してはいないし、文献によると1917年という解明されていない年号や、それ以前にはレーニンという伝説がどうも視察に来た様子があり、このレーニンとはどうも1917年10月にワルプルギスの夜と化したらしく、その結果この谷ができたらしいがなにしろデータ不足で因果関係がよくわからん。きみの方が詳しいんじゃないかね?
半端なところで下駄を預けるのか(笑)とヘムレンさんは頭を振って、1917年が何を意味しているのか、要するにわれわれトロールの文化は紀元という風習を廃棄してしまったからな。いったい一年とはどこからどこまでを指すのか、一か月とはどのくらいの長さか、われわれはもう考えることを止めたのだ。ただし一日だけはどうにもならん。陽が上ってニョロニョロが生え(失礼、許してくれ)、陽が沈んでニョロニョロが消える。これだけは、ね。
学問的な考察に礼儀作法はいらんよ。私だってそいつに言及することはあるさ。腐女子の前では特にね。
まあジェンダーに関わる話題は避けようや。そこで話を戻すと、この店に来てふと思ったのだよ。文献によると1917年以前は帝制時代と呼ぶらしい。帝制時代…どういう意味かな?
今後の研究課題、資料発掘を待つしかないな。で?
アレ…きみとははっきり話そう、かつてあった谷唯一のレストランは、その帝制時代の遺産だったのではないか?
アレがか?
そうだ。あの店は谷で唯一トロール文化に違和感をもたらす諸悪の根源だった。結局われわれムーミン谷評議会でヘムル署長に外食禁止条令を施行してもらい、店が夜逃げしてから条令を廃止した。あの時は治安維持法の適用まで検討したのは危なかったな。
ただし廃止した以上同じ条令は二度と使えなくなったがね。危険は同じさ。
だがあの店より危険な店があるかね?コックカワサキの料理は殺人的だった。カブラのズンドコ煮とかトンビのパッパラ揚げとか思い出してみたまえ。
その頃、ウェイターは厨房に注文を伝えていました。ハーイすぐにネ、と応えた料理人こそ、そのコックカワサキだったのです。