人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

アメリカ喜劇映画の起源(7)

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 10枚組廉価盤DVDボックス『爆笑コメディ劇場』(コズミック出版)は、前回でチャップリンの三枚とロイドの二枚を解説しました。今回はキートンの三枚とマルクス兄弟の二枚です。

 キートンマルクス兄弟の評価が定まったのは全盛期の人気も凋落し、すでに彼らが事実上の引退状態にあり、その生涯も晩年を迎えていた60年代からでした。個別に論じるのは回を改めますが、サイレント期にはキートンチャップリンやロイドからずっと下の三番手、マルクス兄弟はトーキーの開発とともにデビューして新時代のスターになりましたが、トーキー以降の喜劇映画はサイレント期よりも地位が低下したため、マルクス兄弟映画は娯楽映画中の珍品扱いされていたのです。
 チャップリンなしでは喜劇映画は1920年までに滅んでいたかもしれませんが、現在では喜劇映画史上不滅の革新性を持つのは20年代キートン映画、30年代のマルクス兄弟映画という評価がなされています。劇場で観られる機会は滅多にありませんが、自宅で何十回観ても新たな発見がある作品なのです。

 バスター・キートンは最高傑作『キートン将軍』1926が初上映時の105分!版で収録されています。これは当時不評だったため、25分も短縮した80分版の方が広く流通したのです。
 『キートンの大学生』1927はロイドの得意な学園物ですがキートン流の佳作に仕上げました。しかしキートンの本領は『キートンの蒸気船』1928のへなちょこ青年危機一髪で、これも『将軍』と並ぶ傑作です。惜しまれるのはフィルムの保管状態が経年並みで、ロイド作品が極上だっただけに扱いの粗末さが伺えます。キートンは正規メーカー品でもそうなのです。

 マルクス兄弟の『我輩はカモである』1933はパラマウント社最終作で同社での最高傑作、架空の独裁国家を描いた不条理喜劇です。
 『オペラは踊る』1935はM.G.M.社移籍第一作で同社での最高傑作です。どちらも巻頭の映画会社タイトルがカットされていますが、画質、翻訳とも良質です。
 この二本はともにミュージカル仕立てで喜劇映画ベスト10に必ず入りますが、狂気に満ちた『カモ』と整然とした『オペラ』はまったく異質な傑作で、『カモ』は一回観ただけで理解できる映画ではない、と断言できます。この作品の不評で映画会社を移籍したほど、それは観客の理解を超越していました。