人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

アル中病棟入院記234

イメージ 1

(人物名はすべて仮名です)
・5月15日(土)晴れ
(前回より続く)
「午後の外出から戻った池田くんは、どこの新聞から切り抜いてきたのか『日本の医療は間違っている』という書籍広告をどう思います?と誰彼に訊き、これが詰問調ならわかりやすい被害妄想だが、池田くんはいつも飄々とした様子でのんびり訊いてくるのでかえってはぐらかしづらいのだ。デイルームをふらふらしながらほぼ全員に切り抜きを見せた後で、自分の担当看護婦をわざわざ呼んで看護婦に渡す」

「金子のおやじは二泊三日の外出の予定だが、夕食のお膳は出ているのにまだ戻らない。あの人は帰ってきません、小さな波紋が大きな波紋に広がればいい、と言っていました、と食事中に同じテーブルの永石さんたちに話し、彼は早食いなので夕食後さっさと入浴に行き、永石さんたちからその話を聞いて病棟のみんなが混乱し、するとバスタオルを羽織にした池田くんが上がってきて、金子さんは帰ってきてます、今どこにいるかわからない、と言うのでみんな唖然、なら飲んで帰ってきたので第三病棟のガッチャン部屋(隔離室)か、と憶測も飛びかう」

「だが冷静に考えれば、金子が池田くんに残していった言葉はいかにもあのおやじが言いそうだが、その他の池田くんの発言は電波を受信しているとしか思えない。湯上がりにちゃんと服を着ているならなぜいつまでもバスタオルを羽織っているのか、髪だって乾いているし汗ばんでいる様子もないからたぶん入浴してきました、と示したいのかもしれない。断酒会があるから全員が下膳して少し休んだら会場の仕度をしなければならないのだ。だが彼は間に合ったのだし、会場の仕度も例会参加もバスタオルを羽織らなくてもいいではないか」

「看護婦に院内飲酒を疑われている、奇行呼ばわりされている、とのんびりした口調で池田くんが開陳しているのは患者一同おなじ思いだったと思う。こいつは自覚症状ないのか?断酒会地区会長に訴えてどうする?どうでもいいからバスタオルは脱げ!―どうなるかと思ったが、地区会長は穏便に済ませた。入院生活中はいろいろ大変でしょう、しかし本当に大変になるのは退院してからです、断酒会はそれを助けあうための集まりです、みなさん退院後お困りになったら飲む前に断酒会にいらしてください。閉会のための拍手、時間はいつもより20分超」
(続く)