人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

Can - The Peel Sessions/Radio Waves/Outtake Edition (Strange Fruit, 1995/Sonic, 1997/Franny, 2005)

イメージ 1

Tagothrowaway : https://youtu.be/jHbMxYSbmxE - 36:34
Recording during "Tago Mago" Sessions, early 1971
Doko E : https://youtu.be/Pj-MSTySiiE - 36:36
Recording after "Future Days" Sessions, August 1973
from "Outtake Edition" Franny, 2005
*

イメージ 2

Up the Bakerloo : https://youtu.be/KcbjxycvPH8 - 35:15
BBC broadcast, March 16, 1972
from "Radio Waves" Sonic Platten, 1997
*

イメージ 3

Up the Bakerloo Line With Anne : https://youtu.be/VZtXj4Y0pPY - 18:48
BBC broadcast, February 20, 1973
from "The Peel Sessions" Strange Fruit, 1995
All written and composed by Can.
[ Personnel ]
Holger Czukay - bass, double bass
Michael Karoli - guitar, violin
Jaki Liebezeit - drums, percussion
Irmin Schmidt - keyboards, synthesizers
Damo Suzuki - vocals, percussion

 冒頭に3種類の発掘録音CDから4曲をまとめて載せたが、これは完全な形ではバンドによって正式発売されていないものばかりになる。だがこの通りサイト上にアップされているくらい流通しており、カン最新のバンド自身による未発表録音の発売は2012年の『The Lost Tapes』でそれも貴重な未完成アウトテイクがLP5枚、または3CDに渡って収録されていたが(ライヴ・テイクの収録は不徹底だった)、カンのリスナーにとっては先にご紹介した73年5月のフルコンサート・ライヴ音源『Moon in June』や今回の『Radio Waves』,『Outtake Edition』などの、未編集で長時間即興演奏を聴けるCDがありがたい。カンの公式スタジオ・アルバムがいかに入念に編集されたものか、また未編集ではカンはどんな演奏をしているのか、それはバンドが公式発売してきたアルバムでは片鱗しか伺うことができなかった。
 CDの普及は功罪半ばするかもしれないが、少なくともアナログLPよりジャケットやディスクの制作コストが格段に低廉で済み、旧作の再発売が活性化した功績は大きい。アナログLP2枚分通しの長時間収録も利点になり、ブルックナーマーラーなどの大作交響曲が楽章の途中でレコードの裏面に移るようなストレスもなくなり、CDが普及して評価が上昇した。それはジャズやロックの長時間演奏も同じで、例えば今回ご紹介する「Tagothrowaway」や「Radio Waves」,「Doko E」などはLP時代だったら18分を目安にA面とB面に分割しなければ収録できなかった。オーネット・コールマン『Free Jazz』1960やジョン・コルトレーン『Ascension』1965のようにLP両面全1曲の場合、A面はフェイド・アウトで終わり、B面はフェイド・アウトしていた少し前からフェイド・インしてくる、という収録方法がとられた。こうした演奏は長時間演奏の持続自体を効果としてもいるのだから、今では『Free Jazz』も『Ascension』も途切れない演奏のままCD化されている。

 カンのアルバムにはデビュー作から片面すべて(またはほぼ全面)1曲としたものが多く、デビュー作『Monster Movie』の「You Doo Right」、第2作『Soundtracks』の「Mother Sky」、第5作『Future Days』の「Bel Air」はカンを代表する名曲になっている。第3作『Tago Mago』も2枚組LPで2曲がLP片面を使っているがアルバム全体の流れで聴かせる要素が強く、第4作『Ege Bamyasi』と第6作『Soon Over Babaluma』は片面規模の大曲は入っていない(10分程度の大曲はあるが)。「Bel Air」はカンには珍しく構成的な楽曲だが、カンの曲はだいたいどれもコード進行も転調もない、トーナリティ(調性)面ではトニック(基調)だけが用いられ、リズム・パターンだけで楽曲が出来ている。楽曲だけなら100%黒人音楽で、実態はロックバンドではなくファンクバンドとする方が狙いがわかる。いわゆるユーロ・ロックのプログレッシヴ・ロックとは楽理的にはまったく関係のない音楽性がその核心だった。
 それでもカンがプログレッシヴ・ロックの範疇に入るとすれば、黒人音楽を独自解釈のフィルターにかけてブルースやジャズ、ソウル、ファンクを解体・再構築しジャンル不明の音楽を作ったことで、これは「クラシックやジャズの技法をロックに取り入れる」というような発想とはまったく逆を行き、カンの場合はもしコード進行や転調があるとすれば偶発的でしかないような即興性を計算ずくで行っていた。それがカンの編集による長時間即興演奏の再構成で、現代音楽専攻の音楽家だったイルミン・シュミットとホルガー・シューカイがカンの頭脳であり、シューカイはまたフリージャズ出身のヤキ・リーベツァイトとともにカンのボディだった。ロック成分は賛否両論あれミヒャエル・カローリのベタでサイケでファンクなギターにあった。そしてカンのロックが理に落ちないためには、音楽的にはまるで素人の外国人のヴォイスが必要だった。

 今回ご紹介する音源を年代順に見ていくと、「Tagothrowaway」がもっとも早く『Tago Mago』セッションのアウトテイクで、類似曲はカンの公式アルバム(アウトテイク集含む)にはなく、LP1枚あまりの長さがあり、なおかつ明らかに演奏の途中で終わるのはこの音源が収録された4枚組アウトテイク集『Outtake Edition』にともに収録された「Doko E」、アウトテイク集『Radio Waves』に収録された「Up the Bakerloo」同様になっている。この曲は16ビートだが、これほど呪術的で異様なリズム・パターンが36分半続くのはダモ版の「You Doo Right」の観があり、『Tago Mago』B面の「Halleluhwah」はおそらく「Tagothrowaway」のファンク寄りの改作と思われる。手加減した、ということだろうが、今日では「Tagothrowaway」ほど過激な方が面白く、これだけの長さを長い分だけ快適に聴ける。
 英BBC放送の、おそらく初出演と思われる「Up the Bakerloo」は、72年3月だから『Tago Mago』発表後、『Ege Bamyasi』発表からは半年以上前になる。カン最初のイギリス公演は71年末で、長期ツアーでなくこまめに渡英・渡仏していたとおぼしく、73年2月のBBC出演から「Up the Bakerloo Line With Anne」(まぎらわしいが、まったく別の曲)を収めた『The Peel Sessions』は73年~75年の4回分の出演を不完全に収録している。『The Peel Sessions』は72年3月の名演「Up the Bakerloo」を落としたばかりか、73年~75年に限っても73年分1回、74年分1回を落としており、しかも未収録セッションの方がバンドのテンションが高い。73年2月の「Up the Bakerloo Line With Anne」も悪くはないが、長さも倍の72年3月のこの「Up the Bakerloo」はより良い。演奏は疾走感ある後打ちの8ビートからヒプノティックな頭打ちのハンマー・ビートになり、再びダウン・ビートに戻ってフェイド・アウトしていく。

 先の「Up the Bakerloo」と比較して「Up the Bakerloo Line With Anne」が優れる点は、18分48秒の曲としての凝縮度は前者より高いことだろう。スケール感では前者が上なのだが、それは長さも倍あるからこそとも言えて、同じ長さでフェイド・アウトしたら「Up the Bakerloo Line With Anne」に分があるとも言える。「Up the Bakerloo」は原曲はおそらく「Mother Sky」で、聴き始めてしばらくすると見当がついてくる分原曲からそう離れたリズム構造にはなっていなかった。「Up the Bakerloo Line With Anne」では「Mother Sky」は解体しつくされて、「Up the Bakerloo」という中継点がなければ気づかないほど「Mother Sky」との類似点はない。『Ege Bamyasi』制作前と発表後の違いがあり(この曲はアルバム未収録のライヴ用ナンバーにとどまったが)、『Ege Bamyasi』収録曲のうち「Pinch」に近い鋭利さがある。これを収めた『The Peel Sessions』はスタジオ・ライヴだが、カンはアルバムでは鋭利な曲にたっぷりした質感を持たせられるが、ライヴでは長時間即興に持ち込まないとやや細みになってしまう。この曲も18分48秒より短かかったとすれば、だいぶ物足りなかっただろう。
 今回唯一公式アルバムに部分採用曲が「Doko E」で、『Future Days』発売の1973年8月、ダモ鈴木ほとんど最後のスタジオ録音になった。ヴァージン・レーベル移籍後にまずアウトテイク集『Limited Edition』1974で発表され、同アルバムは増補され『Unlimited Edition』1976になった。そのA面2曲目に、この演奏の16分目辺りからの2分26秒が抜粋収録されている。「公害の町です、どこへ逃げましょう、どこへ、どこへ」とずっと日本語歌詞で歌われ、お聴きいただければわかるように演奏の最初は自己紹介から始まって録音機材の説明を「エコーをかけて歌うと気分が良い~」などと即興的に歌詞にして歌っている。この曲はよく聴くとレゲエで、パブリック・イメージ・リミテッドがカンを影響源としていたのがよくわかる。また、1曲を通して日本語で歌っているのはこの曲が唯一で、声質といい歌詞といい、ダモ鈴木とチャー坊(村八分)は同一人物のように似ているのに気づかされる。何より2分26秒しか部分発表されていない曲の原型が36分36秒あったことにはもっと驚く。これも30年近く昔にはもう出回っていた音源で、粗末なカセットテープで聴いてカスだと思ったものだが、今CDで聴くと実に良かったりするのだ。