人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

魍猟綺譚・夜ノアンパンマン(48)

 ドキンちゃんに取り残されたばいきんまんはまだ光線銃と蹴りの衝撃でクラクラしていましたが、大丈夫ですかホラー?とかがみ込んできたホラーマンの延髄を手刀でタン!と叩くと、ぺたりと座り込んだホラーマンのからっぽの両眼窩から壁に向かって監視カメラ映像が映写されました。しかも両目から映写しているから3D映像なのだ、とばいきんまんは誰ともなしに解説すると、リモコン操作でパン工場、トースター山、しょくぱんまん号とそなえつけてある各所の監視カメラ映像をひと通りチェックしました。ばいきんまんの監視カメラは人工知能(AI)を搭載しており、監視カメラごとに設置された範囲から情報として有用なものを選択して対象を追うのです。ばいきんまんの使用しているAIは従来型の、形式化と統計分析を基礎とした良識的保守型(GOFAI)人工知能でした。AIにはGOFAIの他に、計算知能型(CI)と呼ばれるものもあります。それはパンダにはジャイアントパンダレッサーパンダがいるようなものであり、トイレ便器に洋式と和式があるようなものであり、毛沢東蒋介石を政敵としていたようなものであり、漂白剤には酸性とアルカリ性があるようなものであり、イギリス由来の和風カレーがシチューをベースにしたようなものであり、一見似てはいてもすき焼きとしゃぶしゃぶでは大違いのようなものです。
 監視カメラ映像は客観的証拠とされてまず疑われませんが、ばいきんまんの監視カメラのようにデータの選択と編集まで行える狡知な機械の場合、操作次第で事実の偽造をなすのはいともたやすいことです。人が認識する現実は多くの場合その人にとって望ましい現実でしかありませんし、ばいきんまんは人ですらなく端的に擬人化された現象の総合体のようなものでしたけれど、現実に関わってそれを左右する能力は持ちあわせていました。その発明の才を基準とすれば現代文明は石器時代程度でしかないような超越した科学・化学者でありながら、誰からも必要とされていない点にばいきんまんの不運は凝縮されていました。
 ともあればいきんまんはホラーマンに仕込んだ映写モニターで(1)ジャムおじさんとバタコさんのわいせつ行為、(2)縛りつけておいたカレーパンマンの奮闘、(3)カーセックス中のしょくぱんまん、と順々に確認し、結局大して状況に変化がないのに安心もし、ならばこの先どうするものやら、困惑もしたのです。