人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

魍猟綺譚・夜ノアンパンマン(70)

 ここはどこですか、とアンパンマンは訊きました。どこだと思うかい、と人ほどの身の丈があるウサギが訊き返しました。そうですねえ、とアンパンマンは辺りを見回すと、どうやら幸せそうとはとても見えない人や動物たちが、自分以外にはまるで誰もいないかのように足もとにうつむきながらうろうろしていました。かつては何かしら目的や理由があったのに今はそれをなくしてしまい、失ったものに代わる何かを探しているとも、探すこと自体が目的であり、理由になってしまって、もうそのことにも疲れ果てているとも見えました。
 ぼくはここで何をすればよいのだろう、とアンパンマンはふと考えると、自分も今、ここにいる人たちと同じように目的を見失いかけているのに気づいて慄然としました。この人たちはどう見えるかね、とまたメガネのウサギは訊いてきました。不幸せに見えます、とアンパンマン。なら不幸せなのも喜ばなくてはいけない、とウサギは腰の後ろで手を組んで、ふい、と横向きになりました。こんなに痩せたウサギだったのか、とアンパンマンが唖然とするくらい、横を向いたウサギのからだはうすっぺらでした。それはまるで印刷物の紙面から抜け出てきたようでした。
 そのページをめくると、次に出てくるのは無人になったしょくぱんまん号でした。ついさっきまでしょくぱんまんがいちごミルクちゃんを同乗させ、ついでにカーセックスにはげんでいたしょくぱんまん号は、今は事故や故障の様子があるわけでもないのに、狭い2車線道路の中央をさえぎるように真横にふさいでいました。悪事の最中に止めに来るアンパンマンたちに来たな、お邪魔虫!とかんしゃくを起こすのはばいきんまんの習性ですが、しょくぱんまん号が今、日中の公道のど真ん中に駐車中なのは、ばいきんまんが逆切れするまでもなく公衆のお邪魔虫そのものでした。しょくぱんまんはカーセックスは着衣のままするのを好みましたが(通行人が通ってもごまかせる利点もありますし)、今しょくぱんまん号には、いちごミルクちゃんの摘んでいたいちごのカゴだけでなく、しょくぱんまんといちごミルクちゃんの着衣も座席に落ちていました。
 ジャムおじさんはふと、バタコや、お前もいつでもお嫁に行ってもいいんだよ、と言いました。私は死ぬ前に冗談は言わんよ。
 わかりました、とアンパンマンは言いました。ここは地獄です。
 地獄じゃない場所なんてあるかね?
 第七章完。