人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

偽ムーミン谷のレストラン・改(39)

 カバの存在は非常に興味深い、トジャコウネズミ博士が言いました、肉質がもっともヒトに近いことで栄養価の高いブタに似ているが実際の肉質は牛肉に近く、さらに種としてはクジラに近い種族であることも知られている。ならば家畜化して食肉にできそうなもなものだが、野生のカバは狂暴きわまりない性質から巌として家畜化を拒んでいるのだ。
 いや、ウシは神さまだったはずでないかな、とヘムレンさん。それに豚は相当近代まで不浄の動物とされていたはずだ。
 クジラ漁、いわゆるいさなとりというのは古代からあったようだが、とジャコウネズミ博士は首を傾げ、あれはアレかな、クジラは魚という認識だったからかな。
 博士たちは古代の荒れた海原に巨大なクジラと格闘する漁師たちの姿をイメージして陶然たる思いに浸りました。クジラは紀元前1300万年前でも比較的新しい種と言えるほど太古から存在していたのが化石から確認されていますが、紀元前1300万年前というと紀元前14万世紀以前という途方もない年号になります。ムーミン谷にはせいぜい3代前の歴史しかありませんし、世代交代したところでムーミン谷はしょせんムーミン谷ですから、紀元前14万世紀のマッコウクジラの記憶をバトンリレーしてきた歴史の堆積はありません。
 ムーミン谷の住民の直接知る海は西の海岸に拓けるしょぼいボスニア湾より他になく、あとはテレビの観光番組や映画、図書館の本で水平線も見えない巨大な大海原というものがある、と知識でだけ知っているだけです。
 いや、クジラはとても魚どころではありませんぞ、と自称元探検家のムーミンパパが割り込んできました。あれはロッドユールと台風の海に漕ぎ出した時のことです。
 何でまたわざわざ台風なのに漕ぎ出したのかね?とヘムル署長、わざわざ遭難しに行くようなものではないか。
 それは船を予約してたんです、とムーミンパパ、キャンセルして金だけ取られるくらいなら遭難覚悟で船出するのが冒険者というものなのです。なあ?とムーミンパパはロッドユールに迷惑な同意を求めました。
 わかった、それでさぞ海は大荒れだったんだろうね。
 そこですよ、とムーミンパパは言いました、台風だと思ったのは実は台風どころではなかったんです。伝説の海の巨大悪魔リヴァイアサン、クジラの王たる王が超弩級の嵐を巻き起こしている真っ最中の海に、私たちは知らないうちに出航してしまったのです。