人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

偽ムーミン谷のレストラン・最終誡(50)

 もういい加減に決めてしまおうではないか、と暖炉の中に身を潜めていたムーミンパパが現れて全員に呼びかけました。要するに誰が私を殺害して何食わぬ顔でいるってことだろう?こういう場合は独裁制であろうと共和制であろうと個人の責任を問わないで審判を下すに限る。特定の誰かが判決の責を取るのでは後から真偽が揺らいだ時に審判者が処罰の対象になりかねず、事実政権交代が処刑の連鎖に直結する国家、なども面白いくらいに普遍的な現象だったりするだろう。ところで皆さんは、とムーミンパパは居間をぐるりと見回し、ほぼ満場一致でこの男(とスナフキンを指し)を被疑者と目しているということでいいのかね?
 他ならぬ被害者たる君がわざわざ姿を現したからには意見を撤回する必要もなかろう、とヘムル署長。それは署長という役職としての意見かね、とムーミンパパ、それとも役職を離れた一市民としてのミスター・ヘムルとしての立場から態度を表明しているのか、そこらへんを明確にして欲しいものだね。
 それが何かね、違いはなかろう、と揚げ足を取られた悔しさを滲ませたヘムル署長の反論はうおっほん、というジャコウネズミ博士の咳払いにかき消されました。まさか私の目の黒いうちにムーミン谷で多数決が提案される事態に居合わせるとは思わなかったよ。改めて表明したいがヘムレンさんが人文主義者であるように私は一種のいじけた唯我論者の末裔に過ぎないかもしれぬ。誰も否定してくれないところを見るとどうやら私は正確に自己を客観視できているようだ。だがそれこそ私の訴えたいことでもあって、もし私が信任に足る市民という前提が崩れるのであればわれわれの誰が何のために公正を証言できるだろうか。
 まことに僭越で恐縮の至りですが、とスノークがおっかなびっくり口を挟みました。審判というのは、具体的にはどのような罪状になるのですか。
 謀殺の罪で縛り首、とヘムル署長、牛泥棒、証拠隠滅、公文書偽造、虚偽証言、逃亡未遂の罪で総計懲役270年だろうな。
 しかしもし後から証拠不十分、法改正、突然の恩赦、ましてや冤罪と判明した場合にはどうなさるのです?
 確かに困った問題になるな、とヘムレンさん顔を曇らせました。
 それは大丈夫、とヘムル署長、先に縛り首にして、それから懲役270年を執行すればいいだけのことさ。
 それってリンチじゃないかね?
 判りきったことでしょう。
 第5章完。おしまい。